samedi, novembre 26, 2005

バルバラ[Ota]

 おととい11月24日はバルバラの命日だった。
 バルバラはフランスの歌手である。自ら詩を書き、曲を作り、ピアノを弾き、そして歌う。衣装は常に黒一色であった。
 亡くなったのは8年前。67歳であった。このことを想い起こさせてくれたのは、余丁町散人という方のブログにおいてである。「最近の Le Monde から」というページに、バルバラについてのル・モンドの記事の抄訳が掲載されていたのだった(http://homepage.mac.com/naoyuki_hashimoto/lemonde/lemonde20030206.html 余丁町散人というご隠居も実に興味深い紳士のようであった)。
 僕はバルバラが大好きである。僕にとってはバルバラを越える女性歌手はいない。
 バルバラのことは、中学の時に友人が教えてくれた。
 僕の家は貧しかったからLPレコードなど買ってもらうことはできなかった。だから、もっぱらその友人から借りては、むさぼるように音楽を聴いた。その友人の家はたいそう裕福であったのだ。
 中学生の時の僕の音楽ヒーローは、ビートルズ、ローリングストーンズ、ボブ・ディランと来て、なぜか、アダモ、シャルル・アズナブール、ジルベール・ベコー、そしてバルバラだった。ロックとシャンソンが並列することに違和感を覚える人もいるかもしれないが、当時の洋楽好きの日本人にとってはシャンソンやカンツォーネといったヨーロッパのポップスにもまた英米のポップスと同様の「ありがたさ」があったのだ。
 でも、バルバラは決してヒットチャートには登場しないアーチストだった。あまりにもこまやかで、あまりにも簡素で、そしてエレガントなのだ。LPに入っていたライナーノーツには、確か、フランスでより先に日本で人気が出た、日本人の感性はバルバラを理解するほど洗練されているのだということが書いてあったように思う。中学坊主の僕には、それは少し誇らしかった。
 ここで、余丁町散人さんが翻訳されたル・モンドの記事を引用させていただく。
「彼女は、長く内に隠していた自分自身の秘密も、徐々に語るようになる。ユダヤ人でありナチの恐怖におびえたこと、幼い時に父親に強姦されたこと、戦争のこと等々」
 生涯独身であったバルバラの黒ずくめの衣装はいつも喪服に思えた。その理由は、この引用の中に潜んでいるのかもしれない。
 僕の最も好きなバルバラのアルバムは『黒い太陽(Le soleil noir)』である。廃盤になって久しい。レコードは持っているが、CDでもほしいと思い探しても、フランスですら手に入らない。
 ただ、パリのCD屋で見つけた『La Dame Brune』という再編集盤に、アルバムが丸ごと入っていたので、それを持っている。いま、アマゾンで調べてみたけれど、ベスト盤だけがリストアップされている。HMVには、それでも『Barbara chante barbara』など、名盤がいくつかあったと思う。
 さて、僕はバルバラの公演を一度だけ観たことがある。もう、彼女が60近い年齢のときだったと思うが、想像していたよりも小柄な女性だった。すそが広がったパンタロンにスモックのようなシャツ。もちろん、すべて黒。まん中にピアノ、そしてオルガン。バックはベース、キーボード、そして確かバンドネオンかアコーディオンという簡素な編成。バルバラはピアノを弾きながら、オルガンを弾きながら、あるいはパントマイムのような動きで舞いながら、歌った。多くのコンサートがそうだったように、『Chapeau bas』から始まったように記憶する。神経質な優しさに満ちた感動的なステージだった。このときの彼女はじゅうぶんおばあちゃんなのだけれど、コンサートが進むうちに、「不思議な官能性」が漂うようだったことを思い出す。それは郷愁としての官能性が、時の裂け目から匂いや熱となって流れ込んできたようだった。バルバラの歌には、あらかじめ、そのような「官能的な郷愁」が縫い込められているのだが、その縫い目がほつれたような、不思議なスペクタクルではあった。
 なにかしら中途半端な話になってしまったが、バルバラについては、もう一度、きちんとご紹介したいと思う。


↑『黒い太陽』のアルバムが丸ごと収録されている『La Dame Brune』

太田穣