「はてしない物語」論-1[Ota]
aureliusは、主に紙媒体で活動するクリエイターのゆるやかな共同体で、それぞれの夢は異なる。僕がaureliusにおいて実現してみたいのは新しいネット文学の実現だ。それは電子書籍でもなく、ブログでもなく、どちらかといえば掲示板に近い。
2チャンネルを始めとした掲示板という装置が働くさまを見ながら、僕はそれが「物語衝動」の壮麗な大海に見えてしかたがない。いえ、『電車男』という物語が掲示板から生まれたから言うのではない。
それはもっと違う理由からだ。
人間として存在する限り、人は物語を紡がずにはいられない。人はエクリチュールに触れるとき、同時に人は内面において書いている。読むことは書くことなのだ。
書かれたものが社会的関係性の中に自動的に組み込まれてしまうことへの恐れやためらいを、匿名性が取り除くことで、掲示板において人はさまざまな物語の切れ切れを流通させる。
けだし、人は書くことで生きる。内面において物語という名の思考を。非個人的な文学を。
僕はそんな非個人的な文学の可能性をインターネット、そしてデータベースのテクノロジーに見る。
僕はそのテクノロジーによって実現される、膨大な数の匿名の人物によって紡がれる終わりのない物語を読んでみたいのだ。それは、いわば多次元的な連歌であり、目にするのは迷宮であり、カオスであり、壮大なる無駄話であり、荘厳なる冗長かもしれない。それでもそれは物語であることに変わりない。あるいはまた、それはエクリチュールの大都市だ。猥雑な通りがあり、あるいは気品が漂う一角があり、あるいはまた暴力に満ちた町があり、眠るような郊外がある。だが、それは個人の想像力を越えた思考の巨大都市だ。
最初はツリー状のものしか構築できないかもしれない。でも、それは多次元的、横断的、リゾームのようになるべきだ。そのためには、どんなアルゴリズムが必要なのか? インタフェースは?
漠然とした僕の物言いゆえ、理解していただけなかったかもしれないが、この「はてしない物語」という僕の夢想を、これから、何度かにわけて説明していきたいと思う。賛同者を募る。
太田穣


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