samedi, mars 31, 2007

騒音問題? [Miyuki Tsuruzono]

 皆さんの家のまわりって、騒音はどうですか?
 秋葉原から電車で40分ばかりのプチ田舎に移住したわたし。家の前の竹林が気に入っていたんだけど、年々開発が進み、うっそうとしていた竹林も昨年くらいから遠くの家の灯りが夜、透けて見えるようになってしまった。ショックです。
 それでも、あちらの雑木林、こちらの竹林と出張忙しいウグイスが一羽いて、今朝も早くから歌うたいに余念がない。3年ほど前にはまだおずおずと声を出していたものだけど、この頃では余裕をかまし、あれこれと装飾音符をつけたりして喉をふるわせています。
 で、何が騒音かって?
 道を揺るがすトラクターの出勤音はまだいいのです。毎日じゃないしね。
 家庭用精米器もまあ、いいとしよう。かなりうるさいけど、おいしいご飯のためだし、杵とか石臼とか揃える予定はないし。
 問題は、掃除機である(前ふりが長くてスンマセン)。

 言っておくけど、我が家の掃除機は、性能はスバラシイけど音がすごいと評判のダイソンではない。ただしちょっと大きめの、サイクロン方式のやつ。10年以上使っているが、これをかけていると、電話の呼び出し音も宅配便のピンポンも聞こえないわ、近所の野良猫が騒ぐわ、ウグイスは逃げるわということになる。そのせいで(っていうのはウソで、ホコリでは死なないので)、掃除は週1回、いえ締め切り時には1カ月に1回くらいしかしなくなってしまった。
 今までは「掃除機の音なんてフツーの現象じゃん」としか思っていなかったのだが、ウグイスが鳴きはじめると、毎年「うーむ機械たるもの如何にも五月蝿い(←急に漢字)。どうにかならないものか」と腕を組んでしまう。

 そんなある日、何気なくネット界をさまよっていたら、いるじゃないですか、「掃除機がうるさくてかなわん」という人が。解決策も明快、「箒で掃除をする」、これだけである!
 そういうチョイスがあったとは。
 だが、百均のプラスチック箒なんかでは、掃除の快感は得られないらしい。
 畳の部屋に適するのは、江戸ほうきといって、ほうきもろこしというイネ科の一年草でできた箒。黄色っぽいというか、藁色のやつですね。フローリングなら、棕櫚の鬼毛を使ったしゅろほうき(茶色くて、柔らかい毛のやつ)が、フワフワしたほこりを逃さず、いいらしい。
 草には草、木には木ってとこがまた面白いんだけど、それはさておき、懸念の騒音問題。「シュッ、シュッ」という清々しい音がするとのことで、かなり気持ちがよさそう。家人が昼寝をしてても、その脇で静かにお掃除しちゃったりして全然平気とのことである。
 それに、ガンガン掃除機をかけていて、無くしたはずのサファイアの指輪(←叶恭子サンならこんなこともちょくちょくありそう)を瞬時に吸い込んでしまい、フタを開けて大騒ぎ、なんてこととも無縁になるよね。
 そうだよねぇ。神社の中など神聖な場所は、掃除機などかけたりしないで箒ではき、水で拭き清めるもんねぇ。家だって静かに掃除したいよね……。

 なーんだ。そういうことか!!

 この世界(箒界です)も奥が深くて、昔ながらの職人さんが国産の材料で作り上げたものは、高いもので4、5万円もしたりするみたいなんだけど(こんなハイグレードのは最初から見ないに限るが)、俗にいい箒は一生に3本あれば事足りると言われているそうで(1本が20年以上も持つとか)、それを考えると高くはないのかもしれない。わたしなら、がんばって1万円までのクラスで、10年は幸せになれそうである。

 てなわけで、次なるお買い物は、江戸ほうきとしゅろほうきとはりみ(和紙に柿渋を塗った、ちりとりの原型だそうだ)になるかも。ウグイスが飛び去る前に!

水流薗みゆき

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vendredi, mars 30, 2007

春爛漫[Izumi Shoji]

 春が一気に来ましたね♪ 毎日代々木公園でウォーキングをしている夫が、「つぼみがふくらんだ」「ほころびはじめた」「2分咲き程度」「今半分くらいかな」と、桜の開花状況を日々実況中継してくれるものだから、もう気になって気になって……。

 仕事にならないものだから(←言い訳です……)、つい先ほど、自転車を飛ばして桜の名所、目黒川まで行ってきました。行ってよかった、見事です♪ 今日が最高の見頃ではないでしょうか。

川沿いはずーっと桜。











花の中で桜が一番すきです。桜を見上げていると、夢の中にいる気がします。







そういえば、その昔、ある知り合い(女性です)に、「いずみさんは桜のような人だ」と言われたことがあります(←そうです、自慢です!)。うふふ……。あの頃は若くて可憐、ハラハラ散る桜のようにはかなげだったからかな……? それから長い年月が過ぎ去り、今の私は……。いやいや、ネガティブ志向はいけません。それ以上考えるのはやめましょう!

庄司いずみ

lundi, mars 19, 2007

ハッピー、セント・パトリック・デー♪[Izumi Shoji]

 段々春らしくなってきましたね。毎朝代々木公園をウォーキングしている夫からの情報によると、桜のつぼみもだいぶふくらみ始めたとか。週末くらいはお花見もいいかもしれませんね。

 ところで昨日の日曜日は、表参道でアイルランドのお祭り、セントパトリックデーのパレードがありました。セントパトリックさんはアイルランドにキリスト教を広めた聖人。3月17日の彼の命日はアイルランドの祝祭日で、アイルランドのシンボルカラー、緑のものを身につけて祝うのだとか。
 セントパトリックデーには、アイルランド系の移民の多いニューヨークやボストンなどの都市では盛大なパレードが行われ、日本でも92年からパレードが開催されていたそうです。近所なのに全然知らなかった!
 冬休みにダブリンに訪れて以来、アイルランドブームが続いてる夫と私は、もちろん見に行きましたとも! 娘にはフラれてしまったから夫婦で手をつないでパレード見物です(ウソでーす!)。

これがセントパトリックさん? なかなかお茶目な聖人のようですね……。
 






 いろんな団体がパレードに参加し、様々な演奏やダンスなどが繰り広げられました。レベルの高いものもたくさん!











僕もグリーン、犬もグリーン、緑色がお約束!







 帰宅後、夜はもちろんギネスで乾杯! やっぱりギネスはいいですね〜。アイリッシュパブに行きたくてたまらなくなりました……。

庄司いずみ

samedi, mars 17, 2007

子どもの関心は量子力学に!?[Minoru Ota]


 仕事上の必要があって大昔の少年少女向けSF文学を古本屋で買い求め、2冊ばかりを読んだ。古本屋といっても、「日本の古本屋」というネット上のサービスを用いたのであって、神保町をうろついたわけではない。
 この「日本の古本屋(http://www.kosho.or.jp/servlet/top)」はとても便利だ。書名や著者名を入れて検索すれば、加盟している全国の古本屋さんの在庫データベースから所望のものを瞬時にして見つけ出してくれる。いましがたも、ベリャーエフという作家の『狂った世界』という少年少女SF小説を探したところ、0.5秒で見つけ出してくれた。それはたった1冊が札幌の古書店にあった。もちろん、さっそく注文をした。古書店をめぐり、懐かしい邂逅や偶然の発見に驚く楽しみはないけれど、コレが欲しいんだと目的が明確であればこの「日本の古本屋」にまさるサービスはない。
 本題に戻る。
 件のSFは、いずれも昭和40年(1965年)に刊行された講談社『世界の科学名作』シリーズの2点。『少年火星探検隊』(イーラム作)と『宇宙探検220日』(マルチノフ作)である。
 おそらく、この2冊を読んだ記憶を有するのは団塊の世代前後に限られるだろう。僕はどうかと言えば、たぶん、読んだのだ。いや、確実に読んでいるに違いない。だから、小学校の図書館で次から次へと借りてはコタツから首だけ出して読みふけったというぼんやりとした記憶を頼りに、「日本の古本屋」で検索したのだ。「少年」「火星」「探検」、そして著者はロシア的な名前……。で、この2冊を見つけたわけだが、実際入手して読んでみたが記憶は甦らなかった。
 それにしても、正直ガッカリだった。いずれも、火星の生物たる怪獣が人間を襲って危機に陥れるが、あわやというところで窮地を脱するという常套的なストーリー展開。そして何よりも、科学的なリアリティーの欠如。これが僕が胸躍らせた物語どもか?
 小さなとき科学者にあこがれていた僕は、天体望遠鏡も自作して、色収差の激しい安レンズのむこうに夜な夜な星々の幻を見てはため息をついていたのだ。その宇宙への「欲望」をかきたててくれたのが、こういった少年少女向けSF群だったのに、それをいま読めば、気の抜けたコーラか泡ばかりのビールか、「活劇」はあるが肝心の「宇宙」がないのだ。それなのに、どうしてあんなに宇宙への憧れをかき立てられたのだろう?
 きっと、アポロ以前、アポロ以後ということが大きいのではないだろうか。
 1965年と言えば、ガガーリンが人として初めて宇宙を跨いでから4年が経過している。ジェミニ計画のまっただ中で、人間は未だ地球の引力圏内にいた。「地球は青かった」が、宇宙から送られてくる地球の映像はまだ球体ではなく、球体の一辺でしかなく、全体像はまだ想像力のうちにだけあった。
 初めて地球重力圏を脱して月に達したのは1968年のことだ。それがアポロ計画であり、月に着陸したのがアポロ11号で1969年7月20日である。この一連のアポロ計画によって、僕らは地球の全体像を知る。深淵の中に浮かぶ、あの青と白に輝く類い希なる美しさの星をである。
 アポロ以前に書かれたSFである僕の読んだ2冊は、その地球の孤独を知らないのだ。宇宙の無慈悲というべきか、宇宙のもつ拒絶的な相についての意識が希薄なのだ。だから、無邪気な地上的活劇が安易に真空空間や火星上に接続されるのだ。
 いや、非難しているわけじゃない。アポロ以前と以後とで、SF的想像力において不可逆的な変化が起こったのではないかと思うのだ。それが、いまこの2冊を読むことの違和感のもとではないかと思うのだ。
 娘と一緒によくブックファーストの子ども本コーナーに行くが、いまはこういった少年少女向けSFのシリーズもなければ、もちろんコーナーもない。宇宙ものは、数冊、絵入り副読本もののようなものがあるか、ウェルズなどの古典があるだけである。
 一般のSFコーナーでは、もちろん宇宙を舞台にしたものがいまだ大半であるが、かつてのウィリアム・ギブソン以来、ネットや人工知能、そして人間の意識そのものに大きくその舞台を広げてきている。それは、宇宙が極大とすれば、その反対に極小へと向かうものではないだろうか。極小──つまり量子力学が扱う世界のほうへ。
 映画『マトリックス』はヴェーダンタ的世界の劇画的表出と僕は感じるのだけれど、SFというジャンルにおいて見出される人類の集合的意識の現今の在処が、量子力学にあるというのは、とってもとっても面白いことなのではないかと思うのだ。茂木健一郎がテレビのバラエティ番組に出ているということが、何よりの証左だ。それは物理学者たちがアインシュタインと量子力学を接続せんと冒険を続ける、人類の集合的挑戦の淡い影絵のように見えてきはしまいか。
 とすれば、もしかしたら子どもたちは、量子力学的SF文学を望んでいるのか? う〜む、だとしたら、こいつはすこぶる面白い。

太田穣

mercredi, mars 14, 2007

パリ&ダブリン[Izumi Shoji]

この間、夫がミュージカル、シカゴのチケットをプレゼントしてくれて二人で観に行きました♪ 何度観ても振り付けも音楽もよい♪ 今回のキャストはレベルが高く、歌もダンスもいいし、演技力もありました〜。(え。プレゼントではない……? ハイハイ、チケット代払いますよ〜)

 で、夫、太田穣がミュージカル界を目指してる話は、かなーり前にこちらのブログにも出てきたかもしれません。アハハッ、とみなさん笑い飛ばしてらっしゃることでしょうネ(私もそうでっす)。でも、夫の作ったパリ〜ダブリンの画像はなかなかの出来かと……。身びいきですが楽しいです♪お時間のあるときにご覧くださいませ。取り急ぎお知らせでーす!
ダブリン
こちらにクリックしていただくと、画像をご覧いただけます。

庄司いずみ

samedi, mars 10, 2007

無意識の意識 [Miyuki Tsuruzono]

 夢をよく見ます。
 特に、歯ぎしり撲滅作戦(1月のブログ参照のこと)以来、奇天烈な夢が多い。
 体の緊張が緩むと、脳も柔らかくなるのであろうか?

 ともあれ、昨日の夢はまるで奇天烈ではなく、うちのダンナが20歳くらいの着物の女とチューをしている場面である。
 ダンナは20歳くらいの女には、巨乳アンド美貌でもなければ、驚くほど関心を示さない。その女はいかにも普通っぽいタイプで、夢の中でさえ「こんな女と? 嘘っぽ〜い」と思ったくらいではあるが、冷や汗が出て目が覚めてしまった(お恥ずかしい)。
 で、起きるなり「あれダレ?」と詰問してしまった(ますますもってお恥ずかしい)。

 早朝だったので、寝ぼけ果てているダンナ。夢の中の状況を説明したら、呆れて口もきいてくれなかったが、「着物で、柄はこうで、髪型はこうで、大柄で背の高い20歳くらいの子」というと、やっと「その女なら、見たことある」と答えるではありませんか。
 な、何と、その前日、ダンナと私が二人で歩いているときにすれ違ったという。
 いつもなら服の柄など1000%覚えていないくせに、「歩道が狭かったから、すれ違ったとき『あれ着物。卒業式かな』と思ったから」と、彼にしては珍しく明確である。
 「みゆきも覚えてるだろ? ちょうど◯◯病院の前だよ。一緒に顔見たじゃん」とまで言う。
 私は、いくら記憶をたどっても何も出てこない。病院の前の歩道が狭かったのまでは覚えているが、着物の柄どころか、そこで誰かとすれ違ったことすら思い出せない。何ら意味のないことなので、さくっと抹消したのだと思う。

 また、つい先日。大手術から生還した人と話す機会があった。
 その中で、「これまでの人生が、走馬灯のように浮かぶって本当なんですよ。実はぼく、小学校のときクラスでいじめてた子がいたんだけど、突然彼の顔が出てきたんです。申し訳なかったなあと思いました」と聞いた。
 30年以上、まったく思い出しもしなかったのに、実は覚えていたんですね、という。

 脳の中には、「わかっている」「覚えている」と認識していることの数万倍、数億倍の記憶が貯蔵されているらしい。
 それは、知識として知ってはいたけれど、はからずも続けざまに証明(?)された結果となった。

 1秒の何分の1かだけ見かけた人が夢の登場人物となったり(しかもディテールそのまま! フォトグラフィック・メモリー!)、ふだん全く思い出さない人のことを、深いところで気にしていたり。
 何しろ、天才と呼ばれる人だって、脳のせいぜい10%足らずしか使っていないというお話である。
 私たちの場合、もしかしたら99%くらいの脳は、意味のない記憶の蓄積に浪費されているのだろうか?
 何だか、すごくもったいない気がする。

水流薗みゆき

Libellés :

vendredi, mars 09, 2007

第二の人生[Minoru Ota]

 最近何かと話題の「セカンドライフ」であるが、体験したことはあるだろうか?
 世界中で400万人以上が登録している仮想世界とはどのようなものか知りたくて、僕はかなり以前からたびたび探検を繰り返していた。
 登録は無料である。レジストが終わると、自分づくりをしなくてはいけない。つまり、自分の分身たるアバターを創造するわけだが、これが実に微妙なところまで「整形」できるのだ。顔の大きさや長短はいうまでもなく、眼窩の落ち込み具合、頬骨の高さから位置、くちびるの大きさ、オデコが出てるかどうか──とにかく、かなりこまかく顔や肉体を「彫塑」できるのだ。
 僕はどうしたかというと、そりゃもう、決まっているでしょ。こういう男でありたかったという願望をとっても素直、かつストレートに実現しました。
 ええ、髪はしっかり生えてて短髪。目も潤いに満ちて二重で大きく、顔も小顔。当然、八頭身で足は長め。もちろん、腹は出てないもん。ひっこんでるもん。
 イメージとしてアラブ系の美青年だね。名前は、ミノル・オッターソンにした。
 洋服も好きなものを着られる。僕は白のパンツに深紅のジャケットだ。なんとなく、アラブの王国の、ちょっと真面目だけど、夜遊びもする王子さまみたいな感じか。
 という具合に、「セカンドライフ」は文字通り第二の自分をかなりリアルにつくりだすことができるのだ。
 いや、実際、「セカンドライフ」の世界に入ると、現実のハゲデブの自分を忘れ、考え方までアラブの王子になっちゃうんだな、これが。
 一度、ナンパをされたときがあった。しかもフランス語で!! うぶな俺は慌てたね。「あ、あわわわ、あの、あ、そうそう、パリに行きましたよ、このあいだ」なんてね、話を穏便な方向に持っていく俺であった。で、すぐに「あ、もう行かなくちゃいけないんで」なんて、俺は彼女のもとを去っていったわけさ。もちろん、会話はフランス語だ!!
 ま、考えてみれば、かのフランス女性は実は男でもあり得るわけで、70歳のおじいちゃんが二十歳のマドモワゼルになって第二の生活を送っている可能性だってある。
 それなのに、話しかけられただけで慌てまくる俺って、貞淑だなあ。
 というわけで、僕はかなり以前から「セカンドライフ」の有用性というか、可能性をとても強く感じていたのだが、きょうの新聞にソニーがPS3版の「セカンドライフ」とでもいうべき「ホーム」という名の仮想世界サービスをこの秋から始めるという記事が出ていた。やっぱ、この線はいくよ、エクスプロージョンだよ。世紀の予言者、太田は言っときます。次は「セカンドライフ」ですよ、仮想世界サービスですよ!!
 皆さん、百聞は一見にしかず。http://secondlife.com/world/jp/ で体験してみたら? って宣伝になるのは悔しいな……。

太田穣

▼写真は「セカンドライフ」の中での俺だ。カッコイイだろ、はは。

dimanche, mars 04, 2007

おにぎり[Izumi Shoji]

 おにぎりが好きです♪ 飯粒を食べたくないときでも、握って海苔を巻くだけで食べられるから不思議です。冷や飯はおいしくなくても、おにぎりなら冷めててもおいしい。炊きたてごはんのほかほかおにぎりならなおよし。
 娘が保育所に通っていたころ、給食を作ってくれていたやさしいおっかさん(失礼!)先生が、あっつあつのごはんをパパッと握って手渡してくれたおにぎり。あれは人生最高のおいしいおにぎりでした。コツを聞いたら「しつこく握らず、ふわっと握ること」とか。ふむふむ。それ以来私のおにぎり道の探求は続いていますが、なかなかおっかさん先生のようにはいきません。

 ところでみなさんは、おにぎり派? おむすび派?
 なんと呼ぶのが普通か調べたところ、西日本ではおにぎりと呼ぶとか、関東はおむすびとか、いや私の出身地中国地方あたりはおむすびが主流とか、諸説紛々。よくわかりません。おむすびは、"むすび”という音に宗教的な意味があり、山をかたどった三角型じゃなきゃならないという説も。おむすびは女官言葉だという話もありました。
 よくわからないながらも、私は断然おにぎり派ですね。なんというか、そのほうが白魚のような繊細な指でにぎった感じがしませんか? おむすびは無骨な感じ。そうイメージするのは私だけだろうか……。

 あと形。みなさんちのおにぎりは、たわら型? 三角?
 私の母のおにぎりは、たわら型に味付け海苔を巻いたもの。味付け海苔は時間がたつとしけるから、あんまり嬉しくなかったですね〜。焼き海苔にしてほしかった。しかも具なしの真っ白おにぎりのことが多かった気がします。
 でも不思議なもので、今になると懐かしく再現してみようとするのだが、うまくいきません。たわら型にチャレンジするとなぜかまん丸に……。というわけでうちのおにぎりは三角でーす。


 どうでもいい話ですみません。お詫びに桃の花の画像など。昨日はひなまつり。うちには娘がいるので、一応おしるしにミニ雛と桃の花を飾り、桜餅をいただきました。春ですね♪













庄司いずみ