いまどきのこども[Hitoshi Oba]
前回はオーバの本業である囲碁について、いかにオーバが真摯な態度で取り組んでおるか、など少し語らせていただいた。ところが! 「いつにもましてワケ分かんねー超&長駄文を書きやがって」なぞという怪しからぬことをヌカス手合も少なからず居るやに聞き及ぶ。
なんかエラソーなものの言いようだけれども、なにせ「ペラ1万以下の仕事は受けない超セレブになりそこなった男」なのだからして、これくらいは当然なのである。
まあ、縁なき衆生は度し難し。オーバは敬虔なブッディストでもあるから勘弁して差し上げるのだけれども、念のために有難い独逸国の格言を一つ掲げておく。よ〜く噛みしめていただきたいものである。
〜酒、囲碁、女。この三つを知らない奴は一生を阿呆で終わる〜
本業について書くとナゼだか文句を言われるし、仕事のことを書くのは色々と面倒でもある。仕方ないから今回は「最近のビックリ」についてちょこっと申し述べ、お暇をいただくつもりである。
過日深夜、入浴後にボ〜っとテレビなど見ていたのだけれども、水谷修先生が出ていらっしゃる。ご存じの人も多いと思うけれど、「夜回り先生」として有名な方である。オーバがテレビ、雑誌などで時おりお見かけしていた範囲では、水谷先生はこれまで主として中学、高校生の薬物依存について取り組んでこられた、と認識しておりました。
もとよりオーバは相当な甲斐性なしであって、せいぜい自分の面倒を見るのが手一杯、とてもじゃないけど「お子ちゃま」なんて手間のかかるものは持てるはずがなく、別段持ちたいとも思わない。老い先短い身でもあり、これから先も多分そんなゼータクは致しかねるのである。
それゆえ「学校」とか「教育」とか、そんな分野については切実な関心、これといった意見など持ち合わせようがなかったのだけれども、このテレビ番組にはいささか驚かされたのであった。
水谷先生の番組だから多分テーマは薬物依存、拙者もかつてはほぼアル中、現在も立派な煙草依存症患者なのだからして、分からんこともないだろう、なんて思いながら見ていたのだけれど……。
ところが今回のお題は「リスト・カット」。水谷先生によると「現在の日本の中学、高校で(程度の違いとかは無論色々とあるのだろうけど)リスト・カットをしている子がいない学校は一つもないであろう」とのこと! 貴方、ちょっとは驚きませんか?
で、水谷先生のところにはリスト・カットを止められないで困っている子どもたちからジャンジャン電話がかかってくるわけである。これに対する先生のアドバイスというのがまた凄い。「リスト・カットは隠しておくのが一番いけない。リスト・カットは『魂の叫び』なのだから、親や教師の前で堂堂と切れ!」
う〜むむ……、これってどうなんでしょう!?
「手首自傷」とかではなくわざわざ英語(ですよね?)で「リスト・カット」と呼ぶ。その他もろもろの事情(たいしたことを知ってるわけでは勿論ないのだけども)なども考え合わせると、これはやはりかの米国が「先進国」なんじゃなかろうか、と不肖大場、想像するのである。
いくらグローバル・スタンダード、まあおおむねアメリカン・スタンダードと言い換えちゃっても大過なかろうと考えられるのだけれど、そんな世の中でも、なにもリスト・カットとか児童虐待とか、そんなとこまでアメリカ〜ンになることないじゃん、と素朴な感慨など抱いた次第である。
その背景には当然「大人の不機嫌」とかそんなことが沢山あるのだろうけれど、そこらへんについて書き出すと下手をしたら「オーバの不機嫌」なぞを延々と書いちゃうということになってしまうかもしれず、また恥をかきそうだから止めておきます。
もしかすると前述のようにオーバはガッコだのキョーイクについてまるっきし無知なものだから、ナイーブに驚いているだけなのかもしれません。「今更こんなことで驚いてるのか、これまでそんなことも知らなかったのか、お前は」と叱られれば、ごめんなさいと謝るしかない。でも、もしそうなのならそれはそれで余計に恐いような気もするんですけど。
中学・高校生諸君、痛いことは止めたほうがいいと、このダサいオヂさんは思うよ。第一、囲碁を打つ時に不自由な思いをするよ。
ちなみに今回のタイトルは玖保キリコ先生の名作マンガ(小学館文庫)からお借りした。実はオーバ、この本は某編プロ在職時にちょっとお手伝いしたことがあるのである。誰が読んでも面白いと思いますが、とくにお子様などお持ちの方にはとっても興味深い作品と思う。是非ご一読を(勿論それでオーバは一銭も儲かるわけじゃないのである。あ、こんなこと書かなきゃいいのか)。
大場仁史


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