インタビューといやあ──[Minoru Ota]
何気なくテレビをつけると(あっ、みゆきさんと同じ書き出しになっちまった……)、元シャネルズのメンバーが出ていた。昔々、絶頂期のシャネルズにインタビューしたときに、彼らの楽屋に入った途端、メンバーみんなが僕の顔を見て大笑いしたのを思い出した。
そのことを家内に言うと、「今まででだれのインタビューが一番面白かった?」と聞かれた。その一言でこれまでに会って話を聞いた有名人の方々の顔がパタパタと脳裏でシャッフルされた。
僕のように節操のない仕事ぶりだとインタビュー相手のジャンルもメチャクチャだ。まさしく、松田聖子から織田無道まで、岡本太郎からロジャー・ペンローズまで、いろんな人に会い、いろんな原稿を書いてきた。その数、ン百人。企業の技術者や民宿のオジサンなど、無名の人も勘定に入れればン千人になるのではないだろうか。
で、そうさなあ、面白かった人ねえ……。
個人的にとても励まされたのは、ジャック・マイヨール、そしてジョン・C・リリーですね。他人のような感じがしなかった。二人とももう亡くなってしまったけれど……。「勇気をくれたで賞」を捧げ奉りたい。
もっとも緊張したのは最高に売れていたときの薬師丸ひろ子さん。インタビュー前に心臓がバクバク言ったのはあのときだけ。でも、とってもいい人でした。「緊張したで賞」です。
意外だったのは松田聖子さん。大物気取りかと思ったら、そんなことまったくない。まわりが気にしすぎなんです。周囲(テレビ局の人ね)からは「お疲れなんで短めにインタビュー切り上げてください」なんて言われたのに、ご本人は「えっ、もういいんですか? わたしは大丈夫ですよ、もっと聞いてください」と、僕のほうを気づかってくれるんです。本心かどうかは目を見りゃわかる。男運は悪いけど、性格はいい人なんですね。「意外でしたで賞」です。
別の意味で意外だったのは、中学時代の後藤久美子さん。質問が気に入らないと怒り出すとか、平気でダンマリを決めこむとか、とかくワガママで尊大だとマスコミから叩かれていたときでありました。こちとらもビクビク、インタビューを始めたのだが、宇宙の話で盛り上がってしまった。夜空を見て宇宙の神秘に打たれる純粋な少女なんですね。それをお下劣な大人どもが自分たちの意に染まないからと言って叩いたのではないだろうか。以後、数度だけインタビューしたが、彼女を何度も撮影しているというカメラマンに「あんなに心を許して話をするゴクミは見たことがない」と言われた。誕生日が1日違いだから、ま、占星術的にも考え方が似てるんだよね。「意外でしたで大賞」を贈呈しよう。
高速を走る石原プロの専用大型ロケバスの中で(ミニバーにソファなんかもあるんだぜい!!)、衣装替えのためにバスローブいっちょうになった舘ひろしさんへのインタビューもいかにも芸能人ぽくて面白かった。
20歳のブルック・シールズは太っちゃってて、美は感じなかったなあ。
ニューヨークは走る巨大リムジンの車内でクイーン・ラティファにインタビューしたっつーのは自慢してもいいべ。
故カール・セーガン博士のインタビューの際にはお付きの人から「UFOの話は絶対しないように。インタビューを途中でやめるかもしれませんよ」と脅された。
その反対に自由が丘に住んでいたUFOオジサンにインタビューしたときは、4畳半のアパートにまで招待され、不気味なオブジェに囲まれながらオジサンが撮ったというUFOや宇宙人(と、おぼしきもの)の写真を何枚も何枚も見せられた。
と、まあ、書き始めるときりがないので、もう、や〜めたっ。
そうそう、シャネルズでした。なんで、僕の顔を見てみんな大笑いしたかというと、単に僕の顔が面白かったからではない。
彼らはみんな同じ高校の友だち同士なんだが、彼らと同じクラスに僕の顔とうり二つの野郎がいたんだそうだ。しかも、名前も太田だとぬかしやがる。で、シャネルズの皆さん、大爆笑したというわけである。
それにしても、会ってみてえなあ、その太田ってやつ。やっぱ、ハゲたかなあ、きゃつも。
太田穣


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