壊れた男 [Miyuki Shoji]
何気なくテレビをつけると、映画『新極道の妻たち』が流れていた。実は任侠モノ(というか、男社会やきっぷのいい姐さんが出てくる映画)が好きなのでこれもずいぶん前にチェック済みだったが、改めて観てみると高嶋政宏クンがなかなかのやんちゃぶりである。優等生の長男タイプのほうがもしかしてキレると怖いのかなぁ、なんて考えながらしばらく眺めていた。
やたらキレる人は困るけど、クセの強いサブキャラや「壊れたタイプの男」(壊れると結局はキレるわけなんだが)にめちゃ弱い私は、昔から好青年の主人公タイプはウルトラ苦手。子ども時代に一時熱狂していた『宇宙戦艦ヤマト』でも、主人公の古代進なんて初回から眼中になく、孤独な独裁者、デスラー総統をひたすら愛し抜いたという過去をもつ。
だから今も、破滅していくパンクロッカーから恋に溺れる宣教師、狂った物理学者までこなすゲイリー・オールドマンが出る映画というだけで注目してしまうし、組の鉄砲玉やら阿部定に局部を切り取られてしまう石田吉蔵がはまり役の寺島進なんかがツボ。『タイタニック』では当然ながらレオナルド・デカプリオじゃなくて、主人公の金持ち婚約者役、ビリー・ゼインの嫉妬に悶える様子と濃すぎる顔にキュンとしっぱなしだった。そうそう、某国営放送で最近インタビューに応じていたのがロックグループ、キッスのヴォーカル、ジーン・シモンズ。素顔の今(50代後半?)も、隣りに座っていた釈由美子をねっとり口説きつづけ、醸しだす空気たるや、蜜をなすりつけるようなフェロモン全開なのにはたまげた。振り切れた壊し方、大仰な演出がすばらしい。
しかし! トゥー・マッチな男ばかり熱愛していたのでは絶対に幸せになれない。一般にいうルックスがよくてバランスのとれた好人物で私が認める男性は本当に少なく、せいぜい白洲次郎くらいか。彼だって決して主人公タイプとは言えないし、もしかして私が単なる醜男好みなのかもしれないけど、それにしてもどうして壊れた男が好きなのか。
しばし内観してみるに、まずは、人は壊れると抑制力がはじけ、素の感情がぶちまけられる。そこがまず、イイ。
それに、壊れたところが好きというより、そんな人の来し方行く末を含めてのことなのかもしれない、と思い到った。つまり、大きなトラウマとか前世の因縁とかがあって、堕落したりやさぐれたりする(まぁ、単に主流をはずれて生まれた、って人もいるだろうけど) ⇒ つまづいたりイライラしたりで極端に走り、果ては壊れたりする ⇒ 転機となるできごと、あるいは男女問わず大切な人に出合ったりする ⇒ コペルニクス的転回がある、てな全体像あってのことで、そのうち壊れたところだけ取り出して胸がうずいている、というわけ。
ええ、はっきり言って、完全に妄想ですけどね。
やはり最初からスクスク素直に育ったのではキレイなだけでつまらない。中途半端に傷ついてひねくれるのもみっともない。壊れるくらいとことん行ってしまってから、中庸を知ったり枯れたりしたほうがいとおしい。「苦悩をつき抜けて歓喜に至れ」というわけで、しなやかな強さを得てからでなければ、心を打つ美しさにはならないのじゃないか。
もちろん、社会面をにぎわすようなブッ壊れた犯罪者などは論外で、そんなのは「人としてどうよ」というのが先だが、魅惑的な壊れ男に私は勝手に胸を熱くしてしまうのだ。実際にそんな人に振りまわされたら、胸キュンくらいで済むわけはないんだけど。
リストカットか何か、社会的に有意義な洞察を繰りひろげたいという野望もあったのに、またまた私見偏見に終始してしまった。すんません!
庄司みゆき


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