さよなら、パソ通!![Minoru Ota]
最近の僕のブログは昔話が多くて、自分でも「もしかしたら死期が近いのか……」なんて思ったりもするこのごろだが、本日の話題もまたしても昔話である。
昨日知ったのだが、なんと、ニフティのパソコン通信NIFTY-Serveが本年3月末をもってサービスを終了していたのである!!
といってもパソコン通信を使ったことのない人々には何のこっちゃだが、二十数年前のNIFTY-Serve誕生のころから、今では超超超低速の300ボーのモデムを富士通の16ビットパソコンにつなぎ、テレホーダイの深夜も待ち遠しく、せっせとフォーラムにアクセスしていた僕にとってはすこぶる感慨深いニュースではあった。
インターネットとパソコン通信はどう違うかと言うと、ま、いろんな違いがあるのだが、インターネットが中心を持たない壮大なネットワークだとしたら、パソコン通信は各自が契約した通信会社を中心にしてまわりにユーザがぶらさがるローカルなネットワークと言えるかもしれない。だから、メールも基本的にはNIFTY-Serveの会員同士でしかやり取りできない。それでも、当時としては最先端のメディアだったのだ。
NIFTY-Serveにはファクスサービスというのがあって、テキストをメールで送ると、そのテキストを変換して指定先にファクスしてくれるのだった。以前、生まれて初めてのパリ取材旅行に締め切りをかかえて行ったという話を書いたが、このときの原稿は、パソコン通信機能を備えたオアシスから国際電話経由で日本のNIFTY-Serveに送り、その後に講談社のHot-DogPRESS編集部へファクスされたのであった。このときは確か、電話に接続するのに音響カプラを使ったのだったっけ? うーむ、記憶があいまいだ……。
とにかくインターネットを1万倍不便にしたようなしろものだったが、このパソコン通信を介して、以後、いろいろとお世話になる世界的(とあえて言おう)占星術家にして思索家の松村潔さんと知り合うことができたのは、僕にとってのパソコン通信最大の収穫だと思う。
NIFTY-Serveにはフォーラム(会議室とも言った)という、いわば管理者兼司会者つきの掲示板のようなサービスがあった。多種多様なテーマのフォーラムがあったが、個々のフォーラムに参加するにはそのつど登録が必要だった。完全な匿名性が保証されるインターネット上の掲示板などと異なり、ハンドルネームは使えるものの、NIFTY-Serve会員であり、始めは本名で登録するわけだから、それなりの礼儀正しさがあったし、議論も真摯で前向きなものが多かったと思う。
そんなフォーラムの一つに「ミスティ」というのがあった。神秘的なこと、不思議なことについて語り合うといったフォーラムで、僕は参加登録をしてしばらく様子を見ていた。
この「ミスティー・フォーラム」のシスオペ(NIFTY-Serveから委託された管理者兼司会者のこと)のハンドルネームがヴァリスだった。UFOだのドッペルゲンガーだのシュタイナーだのアトランティスだのの話題が飛び交うフォーラムで、ヴァリスさんは知的で博覧強記でときに深遠な発言を続け、たくみにフォーラム内の交通整理をしていた。
このハンドルネームはフィリップ・K・ディックの代表作『ヴァリス』から取ったことは明白だった。当時、僕はディックにぞっこんだったから、このヴァリスという名のシスオペがとても気にかかったのだ。
ある日、それまで他者の発言を読むだけだった僕は、勇気をふるって書き込みを行った。シモーヌ・ヴェイユのことを話題にしてみた。するとヴァリスさんからすこぶる的確なフィードバックがあった。まるで大学の哲学教授からの返信のように論理的でありながら、しかし神秘哲学的興趣に満ちていた。
そう、このヴァリスさんこそが松村潔さんだったのだ。
後に実際にお会いしてからは、雑誌に登場していただいたり、本の編集をさせてもらったり、個人的な相談にものってもらったりと、お世話になりっぱなしだ。
松村潔さんは、僕が最も尊敬し、最も信頼する人間である。もし、NIFTY-Serveのパソコン通信をしていなかったら、松村潔さんと出会うこともなかっただろう。
ありがとうよ、NIFTY-Serve。達者でな。風邪引くなよ。あのとき会費滞納してごめんな。忘れないよ、おまえのこと。
太田穣


0 Comments:
Enregistrer un commentaire
<< Home