祖父と音楽[Minoru Ota]
おじいさん子は三文安い。
おふくろはよくそう言って、小さな僕のわがままやだらしのなさをたしなめた。
年寄りに甘やかされて育った子どもは、そうでない子どもにくらべて劣るという意味だけど、この年齢になると、おふくろの言ったことがほんとうによくわかる。僕を大事にしてくれた祖父には感謝してもしたりないが、やっぱり僕は三文安いなと思う。小学6年の娘のほうがはるかに立派だと感じることがしょっちゅうだ。
それでも、繰り返しになるが、祖父には感謝してもしたりない。
別に、押し入れに隠してあった日本刀や鉄砲で遊ぶことができたからでも、いかさま花札の彼が名人であったからでもない。僕の音楽の最初の記憶が祖父のかけていた72回転のレコードたちだからだ。
祖父は大きな電蓄の前に片手で頭を支えて横になり、もう一方の手で拍子を取りながら、音楽を聴くのだ。僕はそんな祖父にまとわりついて、甘える。僕が幼稚園のころの記憶である。
そうやって祖父が聴いていた曲の中でいまでも覚えているのが、ワルツの2拍目と3拍目を犬の声が「ワンワン」と歌う英語の歌だ。おそらく、生まれて初めて好きになった曲と言ってもよい。ただ、あまりに幼いときに聴いた曲であるから、名前も何もわからない。覚えているのは、「ワンワン」と鳴く犬の声と、それにからんで軽やかに歌われる女性のコーラスだ。
先日、突如としてこの歌のことを思い出した。きっかけは忘れた。
iTunesMusicStoreで、探してみた。きっと、dogという言葉が曲名に入っているに違いないと、dogがつく曲を片っ端から探しては試聴した。当たりだった。僕は発見した!! あの、何十年も前に、上機嫌で寝ころんでいる祖父と一緒に聴いた曲を僕は発見したのだ!!
その曲の名は「(How Much Is) That Doggie In the Window」。歌うはPatti Page。当時、日本でも大人気の歌手だったから、きっとこのレコードだったのだろう。確かに曲自体はこれに間違いはない。でも、僕の記憶では女性の3部コーラスだったようなのだけど、それは記憶違いで、やはりパティ・ペイジのこの盤なのだろうか。
いずれにしても、この曲を再生した途端に、当時の思い出が、つまり僕が5歳、6歳だったころの思い出が、聴覚を中心として沸々とわき上がっていくのだった。
僕の音楽の基盤はここにある。唱歌でもなく、歌謡曲でもなく、この「(How Much Is) That Doggie In the Window」にあるのだ。別にカッコつけるわけではなく、ただただ偶然に、この「英語の歌」に聞き惚れた子どもだったゆえに、これ以降の音楽の嗜好のほとんどが決定されたような気がするのだ。おそらく、ミュージカル音楽に対する偏愛も、この曲によるところが大きいのだと思うし、音楽が大好きになり、音楽に助けられ、そしてあらゆる音楽を偏見無く聴こうと思ういまの僕があるのだ。
おじいさん子は三文安い。
でも、ちょっとは三文高いところもあったんだよと、天国のおふくろに伝えてみたいなと思うきょうであった。
太田穣


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