lundi, novembre 06, 2006

父と母を思い出して……[Minoru Ota]

 父を亡くして12年になる。母はその数年前に亡くした。
 ときどき考える。父は、母は、今どこにいるのだろうかと。
 二人は天国にいると答えるのはあまりに怠惰だ。だが、天国があったらどんなにかよいだろうとも思う。
 地上と同様の法則に則った、地上の写し絵としての世界──天国。
 が、おそらく、そんな地上そっくりの天国など存在はしないだろう。
 シュタイナーは確か、こんなことを言っていたと思う。
 死者のことをわたしたちが思うとき、死者はわたしたちを思い出す、と。
 おそらく、そこはイデアの世界のようなのだろう。
 4次元の軛につながれた、わたしたちの意識・思考では理解することのできない、上位の世界なはずだ。
 命とは、心とは、まったく不思議である。その上位の世界と生きながら結ばれているからだ。つまり、死は生を貫いている。だから、魂と呼び、霊と呼ぶのだろう。
 またしてもシュタイナーによれば、かつて人間はいわゆる霊界と明媚に結ばれていた。すべての人間には霊界が見え、霊界の声を聞いたという。だが、そのために、そこに人間の「主体」はなかった。
 魂の進化には「主体」が必要だった。人間は霊界との間にベールを垂らした。「自由」を求めて。
 こういった考えにはシュタイナーのキリスト教的意識の投影があるかもしれないが……。
 僕は毎日のように死んだ父や母のことを考える。
 そのたびに、彼らがいかに立派な人間であったかを知る。一方で、僕がいかに下等な人間であるかを。
 いずれにしても、死はいかなるかたちであっても、それは「成就」なのだと思う。彼は、彼女は、必然を全うしたのだ。それは当の死者もまた知らぬ「成就」なのではあるまいか。
 とにかく、成功でも失敗でも、嬉しくても悲しくても、好きでも嫌いでも、今日を生きようと思う。まずは父と母のために。

太田穣