mercredi, novembre 30, 2005

節約のカリスマ[Izumi Shoji]

 この間、お昼食べながらテレビを観ていたら「『節約』のカリスマ逮捕!」ってニュース(?)が流れてた。ちょっとビックリ。10年くらい前かも。取材したことある人だった。取材が終わるとビルの入り口まで見送ってくださって。何度振り返ってもニコニコ手を振ってた。素朴ないい人だった。
 それはともかく。私はとにかくかぶれやすく、取材で納得すると即取り入れる。夏頃はコリアン美女めざして唐辛子だらけの料理作ってたし。今は先日取材したデトックス(体内浄化)にはまり中。体内の有害ミネラルを排出すべくコリアンダーを毎日食べ、さらに7200円もするデトックスサプリを買うか否か、迷ってるところだ。
 そうそう、“玉ねぎの皮エキス”もいいらしい。玉ねぎの皮を煮出した汁をジュースに混ぜて飲む、それだけなんだけど、試してもらった読者いわく「便秘症の知人に教えたら即治って大感謝された」らしいし、本人も「肌がもっちもちしてきた」とか。玉ねぎの皮のケルセチンという物質がいいのだって。これはやるしかない!
 
 そんな私だから『節約のカリスマ』に取材したときはその気になった。彼女が言うとおり、料理は素材を無駄なく使い切り、お風呂の残り湯で掃除しようと心に決めた(詳しい内容は覚えてません。間違ってたらごめんなさい。なにせ大昔の話なので)。
 でもダメでした。節約と私は相性が悪い。浪費家ではない、と思う。少なくとも着道楽や食い道楽ではなく、いつもセーターにジーンズで平気。外食もしないし。
 なのになぜお金がたまらないの!? と自分でも思うんだけど、お財布の中のレシートを処分するたび、「無理もない」と納得する。だって駅前のスーパー、マルマンストアのレシートだけ並べても、4983円、4520円、4836円....。これが毎日。これ以外に有機野菜とお米は配達してもらってるのに! よくテレビで「一ヶ月1万円生活」とかやってるけど、私には無理、絶対に無理だ。
 ではマルマンストアで何を買っているかというと、思い出せるのはたとえばサンマ一本100円×2、とか。あとは目についた野菜や海苔とか。たいしたものは買ってない。でもなぜか、無意識にカゴに放り込んでたら4983円とかになるわけだ。
 ああ、書いてて怖くなってきた。もし私が専業主婦だったら...。たぶん夫の給料をマルマンストアにつぎ込んで、破産させてしまうだろう。働いててヨカッタ!
 って、喜んでる場合じゃない。マルマンストアのために働いてるわけじゃないんだから! やはり、これを機会に心を入れ替え、一度は挫折した節約生活にトライすべき?『節約のカリスマ逮捕』のニュースは、神から私への警鐘なのかもしれないし。(←いや、神様はそんなにヒマではないだろう...)

庄司いずみ

lundi, novembre 28, 2005

そこまでやるか!? ポリティカリー・コレクト[Hitoshi Oba]

 寄席にもあまり行ったことがないし、独演会も柳家小三治の会に数回出かけたことがあるくらいで、とても胸を張って「私は落語ファンです」といえるような者ではないのだが、それでも時々CDを買ったりはする。
 あまりに定番なので恥ずかしいのだが、やはり多いのは「ゴッド・オブ・落語」こと古今亭志ん生。あの妙に甲高い声を私は密かに「幸せの声」と呼んでいる。どんなに屈託している時でも志ん生の声を思い出せば、まあ、なんとかなるさ、と思えるような気がするのだ。
 ところが最近とんでもないことに気付いたのである。
 問題のCDはポニー・キャニオンの「古今亭志ん生名演集」全50巻。なんとジャケット裏に「一部不適切な用語は、編集処理しております」と書いてあるのだ! まあ、いわゆる差別語、メク○とかキチ○イなんかのことだろうと思うんですけどね。初めはカッとしましたよ。国宝ともいえる志ん生の音源に、たかがレコード屋風情が(←こちらも興奮して「差別的」になっている)「適切な処理をしました」だぁ!? 続いて、ゲンナリさせられました。もう世の中って、こういうことになっているのね。
 編集プロダクションに二十年以上いたので、それなりに「差別語教育」は受けているし、すごく偉い作家や先生が同和団体などにつるし上げられて大変な目に合ったという話も知っている。しかしCD(しかも昭和三十年代の音源)までとは……。
 過剰な「自主規制」って、いったい何の役に立っているのでしょう? 抜本的な解決にまるでなってないことは確かだと思うのだけれど。ここまで書いて力が抜けた。
 文楽じゃないけど「勉強して出直して参ります」……

大場仁史

「はてしない物語」論-1[Ota]

 aureliusは、主に紙媒体で活動するクリエイターのゆるやかな共同体で、それぞれの夢は異なる。僕がaureliusにおいて実現してみたいのは新しいネット文学の実現だ。それは電子書籍でもなく、ブログでもなく、どちらかといえば掲示板に近い。
 2チャンネルを始めとした掲示板という装置が働くさまを見ながら、僕はそれが「物語衝動」の壮麗な大海に見えてしかたがない。いえ、『電車男』という物語が掲示板から生まれたから言うのではない。
 それはもっと違う理由からだ。
 人間として存在する限り、人は物語を紡がずにはいられない。人はエクリチュールに触れるとき、同時に人は内面において書いている。読むことは書くことなのだ。
 書かれたものが社会的関係性の中に自動的に組み込まれてしまうことへの恐れやためらいを、匿名性が取り除くことで、掲示板において人はさまざまな物語の切れ切れを流通させる。
 けだし、人は書くことで生きる。内面において物語という名の思考を。非個人的な文学を。
 僕はそんな非個人的な文学の可能性をインターネット、そしてデータベースのテクノロジーに見る。
 僕はそのテクノロジーによって実現される、膨大な数の匿名の人物によって紡がれる終わりのない物語を読んでみたいのだ。それは、いわば多次元的な連歌であり、目にするのは迷宮であり、カオスであり、壮大なる無駄話であり、荘厳なる冗長かもしれない。それでもそれは物語であることに変わりない。あるいはまた、それはエクリチュールの大都市だ。猥雑な通りがあり、あるいは気品が漂う一角があり、あるいはまた暴力に満ちた町があり、眠るような郊外がある。だが、それは個人の想像力を越えた思考の巨大都市だ。
 最初はツリー状のものしか構築できないかもしれない。でも、それは多次元的、横断的、リゾームのようになるべきだ。そのためには、どんなアルゴリズムが必要なのか? インタフェースは?
 漠然とした僕の物言いゆえ、理解していただけなかったかもしれないが、この「はてしない物語」という僕の夢想を、これから、何度かにわけて説明していきたいと思う。賛同者を募る。

太田穣

samedi, novembre 26, 2005

バルバラ[Ota]

 おととい11月24日はバルバラの命日だった。
 バルバラはフランスの歌手である。自ら詩を書き、曲を作り、ピアノを弾き、そして歌う。衣装は常に黒一色であった。
 亡くなったのは8年前。67歳であった。このことを想い起こさせてくれたのは、余丁町散人という方のブログにおいてである。「最近の Le Monde から」というページに、バルバラについてのル・モンドの記事の抄訳が掲載されていたのだった(http://homepage.mac.com/naoyuki_hashimoto/lemonde/lemonde20030206.html 余丁町散人というご隠居も実に興味深い紳士のようであった)。
 僕はバルバラが大好きである。僕にとってはバルバラを越える女性歌手はいない。
 バルバラのことは、中学の時に友人が教えてくれた。
 僕の家は貧しかったからLPレコードなど買ってもらうことはできなかった。だから、もっぱらその友人から借りては、むさぼるように音楽を聴いた。その友人の家はたいそう裕福であったのだ。
 中学生の時の僕の音楽ヒーローは、ビートルズ、ローリングストーンズ、ボブ・ディランと来て、なぜか、アダモ、シャルル・アズナブール、ジルベール・ベコー、そしてバルバラだった。ロックとシャンソンが並列することに違和感を覚える人もいるかもしれないが、当時の洋楽好きの日本人にとってはシャンソンやカンツォーネといったヨーロッパのポップスにもまた英米のポップスと同様の「ありがたさ」があったのだ。
 でも、バルバラは決してヒットチャートには登場しないアーチストだった。あまりにもこまやかで、あまりにも簡素で、そしてエレガントなのだ。LPに入っていたライナーノーツには、確か、フランスでより先に日本で人気が出た、日本人の感性はバルバラを理解するほど洗練されているのだということが書いてあったように思う。中学坊主の僕には、それは少し誇らしかった。
 ここで、余丁町散人さんが翻訳されたル・モンドの記事を引用させていただく。
「彼女は、長く内に隠していた自分自身の秘密も、徐々に語るようになる。ユダヤ人でありナチの恐怖におびえたこと、幼い時に父親に強姦されたこと、戦争のこと等々」
 生涯独身であったバルバラの黒ずくめの衣装はいつも喪服に思えた。その理由は、この引用の中に潜んでいるのかもしれない。
 僕の最も好きなバルバラのアルバムは『黒い太陽(Le soleil noir)』である。廃盤になって久しい。レコードは持っているが、CDでもほしいと思い探しても、フランスですら手に入らない。
 ただ、パリのCD屋で見つけた『La Dame Brune』という再編集盤に、アルバムが丸ごと入っていたので、それを持っている。いま、アマゾンで調べてみたけれど、ベスト盤だけがリストアップされている。HMVには、それでも『Barbara chante barbara』など、名盤がいくつかあったと思う。
 さて、僕はバルバラの公演を一度だけ観たことがある。もう、彼女が60近い年齢のときだったと思うが、想像していたよりも小柄な女性だった。すそが広がったパンタロンにスモックのようなシャツ。もちろん、すべて黒。まん中にピアノ、そしてオルガン。バックはベース、キーボード、そして確かバンドネオンかアコーディオンという簡素な編成。バルバラはピアノを弾きながら、オルガンを弾きながら、あるいはパントマイムのような動きで舞いながら、歌った。多くのコンサートがそうだったように、『Chapeau bas』から始まったように記憶する。神経質な優しさに満ちた感動的なステージだった。このときの彼女はじゅうぶんおばあちゃんなのだけれど、コンサートが進むうちに、「不思議な官能性」が漂うようだったことを思い出す。それは郷愁としての官能性が、時の裂け目から匂いや熱となって流れ込んできたようだった。バルバラの歌には、あらかじめ、そのような「官能的な郷愁」が縫い込められているのだが、その縫い目がほつれたような、不思議なスペクタクルではあった。
 なにかしら中途半端な話になってしまったが、バルバラについては、もう一度、きちんとご紹介したいと思う。


↑『黒い太陽』のアルバムが丸ごと収録されている『La Dame Brune』

太田穣

mardi, novembre 22, 2005

プロフェッサー広瀬との一夜[Hitoshi Oba]

 先週18日(金曜日)夜、久しぶりに物理学者・広瀬立成先生にお目にかかって、お話をうかがった。東京都立大学教授を定年まで務められ、現在は早稲田大学理工学部の大学院で指導にあたっておられる。私の在職中は小学館の現代用語事典『DATA PAL(データパル)』などで大変お世話になった先生である。
 先生の専攻は高エネルギー物理学実験。いわゆる「実験屋」である。実験は体力が勝負という面も大きいらしく、実験屋にはスポーツマンが多いという。先生もその例にもれず、大学時代から空手部のハードな鍛錬に明け暮れ(おでんかなにかの屋台でヤクザを退治したなどという武勇伝もあるらしい)、都立大学では空手部顧問も務められた。
 空手だけではなく、沢登り、水泳、スキューバダイビングなど、その範囲はどんどん広がっていく。しかも、どの種目についても打ち込み方が半端ではない。「どれもきつくてギリギリのところまで自分の体を追い込まないと気がすまないんです。少しマゾの気があるのかもしれません」とおっしゃる。ちなみに今いちばん熱中しておられるのは乗馬とのこと。
 まさに文武両道、「文武無道」の当方は、いつも恐縮しながらお話をうかがうことになるのである。
 まさに「快男児」。ちょっと例えは悪いかもしれないけれど、佐々木倫子『動物のお医者さん』の漆原教授を彷彿とさせる先生である(漆原教授は、もちろん同作品で私がもっとも好きなキャラである)。
 先生は近年、仏教、とくに空海に大きな関心を寄せられ、来年初めには『空海とアインシュタイン』という本をPHP研究所から上梓される。宇宙、時間、空間のあり方などについて空海とアインシュタインが縦横無尽に語り合うという、興味深い内容である。
 また、先生は今年の夏、チベットを乗馬で回ってこられ、チベットについても空海-アインシュタイン的な視座から是非書いてみたいとおっしゃる。前置きが長くなったが、先週もそのお話をうかがいに行ったのである。チベットの歴史、現状から、物理学的に見た環境の問題まで、まさに談論風発。お酒をいただきながらの話だったのだが、あまり強くない私は、くらくらしながらお話に付いていくのが精一杯。「概要などをまとめていただけませんか」とお願いしたところ、翌日早速大量の資料とともに送ってくださった。これをなんとか自分の手で本にしたい、というのが現在の私の「野望」である。取り敢えずその資料に目を通している最中で、そういうわけでこの間書いた徳川夢声の『銭と共に老ひぬ』についてはちょっと後回しになってしまいました。いずれまたの機会に。

大場仁史

Bring it on home to me [Ota]

 先週の土曜夜、アレン・ネルソンさんのライブに行ってきた。
 アレンさんがギターとハープ。バックはギターとドラム。
 1曲目は『Bring It Home To Me』。司会の方がサム・クックのナンバーだと言っていたけれど、僕は、中学生の頃、エリック・バードンとアニマルズのレコードでこの曲を聴いていた。
 アレンさんと僕とは世代が少しだけ近い。
 僕が小学校の映画鑑賞会でベトナム戦争を告発するドキュメントを観たとき、アレンさんはすでにその映画で描かれていたジャングルの中にいた。僕が10歳ぐらいのときだから、そのときの彼はおそらく18歳か、19歳だろう。
 僕は小学校高学年の頃から、いわゆる「洋楽ポップス」ばかりを聴いていたから、アレンさんと音楽の話をすると、同じ曲を同じ時代に聴いてしびれていたことがわかってとても面白かったのだ。
 いま、イラク戦争のニュースが毎日流れるように、あのころは朝のテレビのニュースにはベトナムでの出来事が必ず映し出されていた。ベトナム戦争は日本人の最大関心事でもあった。それは日本国内の米軍基地が重要な働きをしていたからだけでなく、人々が、今よりももっと「道義」というものを自分自身に突きつけられた問題として考えていたからなような気もする。
 ところが目前のイラク戦争においては、自衛隊が当地に赴き、片足を突っこんでいるにもかかわらず、それは「道義」の問題ではなく、「自分たちがテロの標的になるかならないか」というローカルな恐れの問題として語られているように思える。

 ……If you ever change your mind
 About leaving, leaving me behind
 Oh, bring it to me, bring your sweet loving
 Bring it on home to me, oh yeah

『Bring It Home To Me』はちょっと切ない恋の歌だ。
 中学生の僕は田舎の小さな家の狭い部屋で、安物のプレーヤーのスピーカーに耳をつけんばかりにして、そして大音量でこの曲を聴いていた。そのころのアレンさんは、ベトナムからニューヨークに帰還したばかりだったろうか。帰国した彼は国家の英雄から一転してホームレスとなった。唯一の財産はラジオだったという。そのラジオで、僕が聴いたのと同じどんな曲を聴いたのだろう。



←僕が持っているエリック・バードンのベスト。反戦ソングでもある名曲『San Franciscan Nights』も入っている。



太田穣

vendredi, novembre 18, 2005

「怪しいものではありませんね?」[Hitoshi Oba]

 近所の郵便局に出かける。ネットの古本屋で注文した本の代金を支払うためである。窓口に用紙を提出したのはよかったのだが、窓口のおばさんが
「怪しいものではありませんね」
 はぁ? 昼間からサンダルでブラブラ歩いている当方、確かに真っ当な勤め人には見えないかもしれないが、怪しいといわれるほどかしらん。大体、怪しいと思う奴本人に「あなたは怪しい奴ですか」なんて聞くか?
 考えること15秒、ようやっと事情がわかった。この頃話題の「ネット詐欺」のことをいっているらしいのだ。そういわれれば不肖私、怪しくは見えないかもしれないが、いい加減なエロ・サイトかなんかから料金を請求されてしまうような間抜けオヤヂには充分見える自信がある。
 窓口のおばさんはそんなことまで心配してくれたのね。ありがとう、おばさん。いや、お姉さん。これももしかしたら「郵政改革」? 違うか。
 ご存じの方も多いと思うけれど、ネットの古本屋というのは「日本の古本屋」というサイト。全国の古本屋さんが自店の在庫を表示していて、著者名、タイトル、キーワードなどから欲しい本を探せるスグレモノである。値段ももちろん出ているので、同じ商品でも安い方を選ぶなんてこともできる。古本探しといえば一昔前なら誰でもまず東京都千代田区の神保町を考えたと思うけれど、あそこはいろんな分野の専門書店がそろっていて便利な分、値段も強気なことが多い。そんなところでも「日本の古本屋」はありがたい存在である。
 今回注文したのは徳川夢声最後の自伝(多分)、『銭と共に老ひぬ』という本。版元は「新銭社」(!?)というところ。
 不勉強で聞いたこともない出版社なんですけど、何か知っている方がいらっしゃったら教えてください。とにかくタイトルと版元名にひかれての衝動買いに近い。いったいどんな本なのかしら。
 届いたら続報を書きたいと思います。

大場仁史

jeudi, novembre 17, 2005

アレンさんがやって来た。[Ota]

「わたしたちがつくったもの」のページでも紹介している『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』の著者、アレン・ネルソンさんが講演のために来日していると、日本での活動のお世話をしている写真家の嬉野さんか連絡があった。アレンさんは戦争の真の姿を伝えるために、子どもたちに向けた講演活動を各地でおこなっているのだ。
 一度、世田谷の小学校でのアレンさんの講演を聴いたことがあるが、子どもたちがアレンさんの話から戦争というものの無慈悲、無意味に率直に反応する姿は少しく感動的だった。近代国家のフィクション性を暴くものとしては、戦争の前線と、たとえば眠気を誘うような東京郊外の住宅地をぢかに結びつける想像力が必要かもしれないが、アレンさんの言葉は、そんな直截の危険に満ちている。
 教室で、「戦争で人を確実に殺すにはどこを撃てばいいでしょうか?」と、アレンさんは子どもたちに問いかける。子どもたちは元気よく手を挙げ、「心臓です」「頭です」と無邪気に答える。すると、アレンさんが解答を言う。「下腹部です。なぜなら、命中しやすいからです。でも、1発では死にません。何発も何発も撃って確実に殺すのです」
 アレンさんの話は、そんなふうに、18歳の少年だった彼が、海兵隊のキャンプで教わった殺人のノウハウを伝えることから始まる。そして、ベトナム戦争で、自分が何をしたかに話が及ぶ。
 そうやって平和な午後の教室がベトナム戦争の地獄に接続される。
 グルジェフが弟子とともにロシア革命の戦火から逃れたとき、彼は「戦争こそ人間の狂気の最たるものだ」と言ったという。あまりにステレオタイプな言葉に思われるかもしれないが、わたしたちはみな日常的に狂っているとすれば、いかにもグルジェフらしい言葉だと思う。
 さて、そのアレンさんがささやかなライブを行うという。彼は歌がとってもうまいのだ。
 11月19日、土曜夜の午後7時30分開演。11時まで何度かにわけてブルースを歌うそうだ。場所は「oran(オラン)」(世田谷区赤堤1-43-1 経堂スカイマンション1F 電話5301-2188)。
 アレンさんに会いに行ってみませんか? 僕もちょっとの間しかいることはできないのだが、彼の渋い歌声を久しぶりに聴きに行ってくるつもりだ。

太田穣

mardi, novembre 15, 2005

ミーティング[Izumi]

先週末、アウレリウスのメンバーのミーティングがありました。
とても楽しいミーティングでした。

黒部さんとゆっくり話したのは久しぶりでしたが、相変わらずのポジティブオーラ。
お日様みたいな人! 目に全部気持ちが出るから、ホントに目で話ができるの。こんな人、あまりいない。
入澤さんがグルジェフの話をし始めたときは驚きました。ご縁ですね!
そしてお姉ちゃん(庄司みゆき)。姉妹でチーム組めるなんて思いもよらなかったけど。
それより何より夫(太田穣)。アウレリウスのリーダー役、頼みますです。
今回参加できなかった大場さん、お風邪の具合はいかがですか。

うちわの話でごめんなさい。
このチームがうまくいきそうな予感がヒシヒシします。ワクワクします!
みなさま、今後よろしくお願いしますね!

庄司いずみ

lundi, novembre 14, 2005

さあ、ブログのスタートです

6人のメンバーが、いろいろな思いや経験をここに書き記していきます。どうぞ、お楽しみに。
太田穣