mardi, janvier 10, 2006

アッ、パリ……[Ota]

 ブログの更新停滞、すべてはこの太田の責任。申し訳ない。
 そもそも、前回のパリ話の第二弾を、そのパリからアップロードするというしゃれたマネをしようと思ったのがいけなかった。パリで短期賃貸したアパートからいくらネットに接続しようとしても「ユーザー認証ができません」のメッセージが出るのみ。次なるモロッコではそもそも電話が無かった。というわけで、12月22日から1月5日まで、僕はネットから切り離された存在で、それはそれで浮世離れの楽しさでもあったのだが、せっかく担いでいった重いiBookはいったいなんのためだったのか……。
 いや、このiBookが一度だけ大活躍したのだった。
 それはモロッコはマラケシュでのある夜。おそらく大晦日前夜だったと思う。
 マラケシュでの宿はなんと一軒家。かの有名なフナ広場から徒歩1分の、迷路のように広がる(「ように」ではなく、実際「迷路そのもの」なのだけれど)旧市街にあった。
 中庭をサンドイッチするように一階はキッチンと暖炉のあるサロン、2階は二つの寝室、そして屋上のテラスと、広々としてなかなかに豪勢。これで一泊100ユーロちょっとなのだから、相当にお得だ。旧市街では家々は密接して建ち並ぶから、窓は狭い路地に面した側にひとつあるだけである。あとは窓無し。外光は中庭の吹き抜けから射すのみ。
 で、12月30日の夜である。1階のサロンで食事を済ませ、暖炉の火を眺めながら娘といっしょにゴロゴロしていると、突然、電気が消えた。ブレーカーが飛んだか、それとも停電か!? すると娘が「パパ。モロッコは停電が日常茶飯事と『地球の歩き方』に書いてあったよ!!」。小学校5年生が『地球の歩き方』、そこまでこまかく読むか……。ちなみに、『茶飯事』は「ちゃめしごと」ではなく「さはんじ」と読むのだと教えたばかりであった。
 ふと気づくと妻(庄司いずみのことだが)がいない。いばりたがるわりにはからっきし度胸のない彼女のことだ、きっと、ビビりまくっているに違いないと、「どこにいるー?」と叫べば、「真っ暗だよ〜!! どうなってんの〜!!」と2階より声がする。「そこで待ってろよ〜!! いま助けにいくからな〜!!」と、まあ、たかだか同じ家の1階と2階だけど、僕は勇躍救出に向かったのだった。
 サロンは暖炉の火によってほのかに照らされているからいいとして、窓のまったくない家だから、中庭に一歩出たところから、そこはまさに暗黒。中庭から廊下に入ってからは完全に何にも見えない。ほんとうに何にも見えないのだ。僕は手探りで階段までたどり着き、そして2階へと上っていく。視力を失うとはこんな感じなのかと考えながら、2階の寝室まで来て、妻の存在を確認。とにかく、妻をサロンまで連れて行こうと思うのだが、灯りがない。そこでパッとひらめいたのが、iBookの存在であった。
 妻に灯りを持ってくるからそこで待ってろと告げ、僕はもう一つの部屋へと手探りで向かった。ドアを開け、中に入り、テーブルのあるあたりに近づいて手をはわすと、ツルリとした感触のiBookに指が触れた。僕はiBookを持ち上げるとふたを開け、電源ボタンを押した。
 ジャーン!! と、おなじみのmacの起動音がして、iBookのディスプレイが青白く輝いた。世界に光が戻った!!
 僕はiBookの輝くディスプレイを懐中電灯のかわりにして行く手を照らし、妻のいたもう一つの寝室へと戻り、ついに妻の救出に成功したのであった。このとき、「オレってなんて機転のきくサバイバルな男なんだ」と、自分に酔っていた、と思う、たぶん……。
 その後、1時間たらずで停電は回復したが、あのとき、iBookが無かったら……。まるで奇蹟のアンビリーバブルみたいだなあ〜。
 でも、あなたはこう思うかもしれない。「火がついた暖炉のマキを灯りにすればよかったんじゃないの?」
 確かに。レンガでできた家だから、燃え移ることもないんだし。僕だってそう思った。でも、室内にはカーテンなど、燃えるものが多いのだ。それに引火でもしたら、マラケシュ大火の火元となるやも知れぬ。僕は瞬時にそのリスクを感じ取ったのだ。フフッ……。
 ま、というわけで、パリとマラケシュの面白話は次回のお楽しみということで(マラケシュはモペット[自転車バイクのこと]とロバとリヤカーがうなりをあげて疾走するスゴイ都市だった!!)、今年も、皆さま、我らがアウレリウス、お引き立てのほどよろしくお願い申し上げ奉ります。





←マラケシュのフナ広場。写真ではよくわからないが、広大な広場には数多くの露店が並び、大道芸人やら蛇遣いやら観光客やらで日曜日の渋谷やアメ横の喧噪どころじゃない。












←これがマラケシュで滞在した一軒家の中庭だ。立派な家でした。






太田穣