祖父の遺言 [Miyuki Shoji]
原爆の日もお盆も終戦の日も終わってしまいました。信じられないほど蒸し暑いなか、皆さまバテバテになっていませんか。
父方の祖父は医者で、戦争中は軍医としてラバウル(←確か……要確認)に行ったそうである。私たち孫が幼かったせいもあっだたろうが、戦争の話はほとんどしなかった。
ただ、乗っていた船のすぐ隣の船が撃沈されて全滅したのに、祖父は生還したというのは聞いていた。紙一枚ほどの差で命拾いしたのだ、強運だなあと驚いたものだが、後々まで祝日には国旗を欠かさず掲げていたような人だったので、戦後リベラル・左寄りの親は、そんな祖父の”愛国心”をとてもいやがっていた。
祖父は田舎の出で、若いころ剣道や水泳で鍛えていたせいか、高齢になってもがっしりしていた印象がある。病気で半身不随になって病院で果敢にリハビリを続けつつ、利き腕でないほうの手で文章を綴ったりしながら、数年前に亡くなったのだが、亡くなる少し前の真夏、帰省していた私は世間話の中で、戦争のことを少し尋ねてみたのだと思う。
祖父はぽつりと、
「あのような……馬鹿な戦争は……二度としてはならない」
と言った。
時間と思いのこもった何かを渡された気がして、家に戻って両親に祖父の言葉を伝えた。「えっ、おじいちゃんがそんなこと言ったの」と二人して驚いたので、そんなことを言う人ではないと思われていたのだ。
いろいろなことを、もっと聞いておけばよかったと亡くなってから後悔したものだが、あの言葉だけは覚えておこうと、夏が来るたびに思う。
庄司みゆき


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