mercredi, janvier 31, 2007

泣けないマスカラ[Izumi Shoji]

 アイルランドブームが続いている夫と私は、先週アイルランドが舞台の映画「麦の穂をゆらす風」を観てきた。アイルランド独立戦争を描いた話題作。うう……、観ていて辛い、怖い、悲しい、身震いのする映画でした。アイルランドという国の表面しか、我々は見てこなかったのね……。
 終わったのがちょうど昼時だったので夫とランチをしたのですが、二人ともほとんど物も言わず黙々とカレーをかっ込んだのでした。考え込みながら食べたら胃まで痛くなった。すごい映画でした。基本的に「お金払ってまで重苦しい思いはしたくない」、そんな享楽主義の私も、観て良かった、というか観るべきだったとうなった作品。興味のある方はぜひ。

 しかしアレです。泣きそうな可能性のある日はマスカラはやめといたほうがいいですね。「麦の穂をゆらす風」でも、ラストシーンでは涙が……。自然派志向の私はなるたけ成分良好な化粧品を選んでるため、泣くとホントにやばいのだ。ウオータープルーフなどありえない、水で洗っただけですっかり落ちる頼りないマスカラ。涙なんて流れようものなら、黒い液体が頬まで……。おそろしい。そんな顔を夫に見られたら何年間もからかわれること請け合いだ。

 そこで、泣けないマスカラをつけてる時の泣き方講座でーす! まずですね、涙があふれてきたらすぐにはこぼさず、目にためる。フルフルと今にもこぼれそうになるまで、限界までため込みましょう。もうダメってところまでたまったら、パチパチっとまばたきをして、目の端からはらはらと涙をこぼすのです。これがコツ!
 うう、誰もこんな話、興味ないかも、ごめんなさい。でもね、この泣き方は恋愛中にはおすすめ。鼻も目も真っ赤にしてデロデロになって泣きわめくより、殿方はグッときそうだ。とかいって、私だって夫婦げんかのときは、頭に血が上ってデロデロ泣き崩れるんですけどね。それにホントに悲しいときは、涙ためてる余裕なんてなく、すごいことになるし。
 ああ、誰か泣き虫な私のために、”泣ける”自然派マスカラを開発してくれないだろうか……。

 あまりにくだらない話をしてしまったので、お詫びに春の気配をお届けします。マンションの駐車場から見える梅の木、咲き始めてます! もうすぐ春ですね。


庄司いずみ

dimanche, janvier 28, 2007

親指シフターたぁ、おいらのこった。[Minoru Ota]

 一個前のみゆきさんの原稿に思わず反応してしまった太田であります。なんとなれば、我こそ、かつては親指シフターとして数多くの人間を「かな入力派」へと改宗させた者なれば也。……でも、いまはローマ字入力派ですが。
 言わずもがなのことではありますが、かな入力には2通りある。JISかな入力と親指シフト入力(いまはNICOLAと言うようですが)だ。
 JISかな入力とは、いままさにあなたのパソコンのキーボードのキートップに刻印されているかなを打ってそのまま入力する方法。ただし、これだと、キーボードの最上段(ファンクションキーなどは除く)を含めた4段もの広範囲を指があっちこっちせわしなく動きまわることになるので、かなり疲れるのである。
 ところが、親指シフト入力の場合、ひとつのキーに二つのかな文字が割り当てられるので、入力には3段あればいい。つまり、指の動く範囲が狭くなるので、疲れず、しかも速いというわけだ。では、一つのキーに割り当てられた2文字をどうやって打ち分けるのか。それが、ちょうど親指が自然にあたる位置に配置された、左親指用と右親指用の2つの親指シフトキーだ。この親指シフトキーと、かなキーを同時に押したりなどすることで、入力する文字をコントロールするのだ。説明が長くなるのでここらへんでやめるが、濁音や半濁音もこの親指シフトキーとの組み合わせで入力する。
 そんなふうに、親指シフト入力には約束事が多いので、それなりの練習が必要となるが、習熟すると、速いわ速いわ。
 僕がなぜ親指シフターであったかというと、話は1985年にさかのぼる。この年、初めて10万円を切るワープロが発売されたのだ。富士通のOASYS LITE S(オアシス・ライトS)である。新しもの好きだからというだけでなく、若いくせに異常な肩凝り男だった僕は、原稿書き用に即座に購入した。そしてこのオアシスのキーボード配列こそが親指シフト配列だったのだ。つまり、親指シフト配列とは富士通のオリジナルの技術なのである。
 ディスプレイがわずか8文字のみという代物だったが、肩凝りは軽減されるわ、原稿は劇的に速くかけるようになるわで、僕のキーボード人生の幕はそうやって幸せに切って落とされたのであった。
 初めて買ったパソコンが当時人気のNECのPC9000シリーズではなく、富士通のFM16βだったのも、親指シフト配列のキーボードゆえである(これは家の押し入れの中にまだ2台も残っている)。
 時代はMacへ変わっても、僕はアスキーから発売されていたMac用の親指シフトキー配列のキーボードを購入して、親指シフトキー配列への変わらぬ愛を貫き続けたのだった。
 ところが10年ほど前のことだった。ついに愛用のMac用親指シフトキーボードが壊れてしまったのだ。そのころ、このキーボードの開発・販売はアスキーからリュウドという企業に移っていた。だが、値段がすごかった。確か5万円近くしたのではなかったか。あいにく、仕事が減っていた時期で、キーボードに5万円は出せないと、僕は泣く泣くアップル純正のキーボードを引っ張り出し、10年余の親指シフト人生に別れを告げたのであった。
 いまでも原稿を書くなら親指シフト入力がベストだと確信する。が、いかんせん、リュウドからの販売もとうに終わり、現在ではMacにつながる親指シフトのキーボードが存在しないのだ。
 しかたありません。ローマ字入力でも、まずは頭の中で原稿を書けば言霊君はやって来る。そうなのだ。言霊とは日本語に宿るものならず。言霊とは心に降り来たりて言葉を生むものなり。キーボードは関係ない。──と思わないと、やってけねえ!! と、なんか、みのもんたみたいな口調になってしまった。言霊、抜けてるね……。

jeudi, janvier 25, 2007

日本語で遊ぼ [Miyuki]

 昨日のことであるが、借りてきた本に「ローマ字入力は日本語を滅ぼす」とあった一節がとても気になった。
 パソコンやワープロを使用する人々の8割がローマ字入力だというのに、どういうことでしょう。
 読み進むと、機械で文字を打ち込む場合、このように(eg. Ko-no-yo-u-ni)ローマ字で入力することによって、日本語の言霊が抜けて、ことばの力がなくなってしまうという主旨である。
 なるほど。
 「くるしい」と4度キーボードにふれて「くるしい」と出てくるのと「kurushii」と8回も打つのでは、何かが決定的に違う、というのは感覚的にわからないでもない。
 その空虚感には何となく気がついて、一昨年くらいに「原稿は手書きで、清書はパソコンで」というのを試みていたのだが、実際には面倒で定着しなかった。
 ならば、機械を使うのは同じでも、かな入力で言霊の力を呼びさます手があったか。
(あ、音声入力の人は全部読み飛ばしてけっこうです。わたし、紙と文字が大好きなもので)

 「かな入力」で調べてみたら、ドンピシャわたし好みの、「超弩級マイナーかつテンション高くかつマニアック」な雰囲気のサイトがいくつもあるではないか。みんな「日本語がそのまま打てる歓び」だとか「ローマ字入力より打つ数がだんぜん少ないので、疲れない」だとか、異口同音にかな入力を絶賛しているぞ。
 で、入力形式にも数種類あって、その中でもどうやら「親指シフト」というものが、”指先から日本語があふれだす感覚を味わえる”、白眉らしい。
 そうなんだーすばらしい〜(ウットリ)。
 共感性が異常に強いわたしは、人の状況に音叉のごとく反応してしまうことが多々あるわけだが、今回も即「かな入力熱」に感染したのだった。

 こんなにすばらしい(らしい)のに、なぜ誰もかな入力にしないのか。
 そうですね、パソコンいじるような人はたいがい外国語も多少は使わざるを得ず、ひとつの入力方式に統一したほうが便利だとか、みんなローマ字入力だしとか、まぁそんな理由なんでしょうか。
 かくいうわたしも、学生時代、「2週間でブラインドタッチをマスターできます」というスクールに通ったら、本当に2週間でできるように(もちろんローマ字入力で)なって以来、そのままの環境で打ち続けている。
 でも、そんなにいいなら、「かな入力」なるものに変えてみたいですぅ〜。

 と、タイトルにかな入力で「日本語で遊ぼ」と打とうとしたら、それだけで3分以上かかってしまった。
 だって、かなキーって、あいうえお順じゃないし、位置全然知らないし、濁点の打ち方からしてわからないし。
 なのであっさりあきらめて、本文はローマ字入力。
 この文章にコトダマを感じない皆さま、あなたは正しい。これは、ローマ字にタマを抜かれた日本語なのだ。

 さて、「ちょっと不便」なのがツボゆえか、非主流指向に年々磨きがかかり、PCはウインドウズからマック(あ、太田さんスミマセン)に変え、車はオートマが壊れたのを機にマニュアルを買い(といってもスポーツカーとかじゃなくて単なる国産小型車で。探すの苦労しました〜)、電気釜はリサイクルに出して羽釜を使い、寝る前には湯たんぽにお湯を入れ、ケトルは電気ケトルから土瓶に戻したわたし。
 果たして親指シフトを導入できるのでしょうか。
 それって、新幹線があるのに飛脚を雇うようなものかもしれないけど。

水流薗みゆき

samedi, janvier 20, 2007

ワガママヌードル[Izumi Shoji]

 海外旅行に行くと和食屋をまずチェックします。何しろ娘が大のご飯党で。思い起こせば10年前。初めての家族旅行でサンディエゴを訪れたとき。超マズい和食レストラン、『一番』に何度通ったか。生姜焼き、トンカツなどどのメインディッシュをチョイスしても、必ずサイドディッシュににぎり寿司と天ぷらが……。
 その後も我らは冒険を続け、バルセロナのうどん屋では天ぷらうどんの油に夫がやられ、パリの居酒屋ではてんこ盛りの酢の物が箸もつけられずさげられ……。昨年のパリ旅行でも、ラーメンのあまりのまずさが語りぐさになるほど。

 しかし、アレです! 夫と娘が毎回食べたがるのは、純和食よりもラーメンやカレー。今やそうしたメニューこそ日本の味なのか?
 ところで日本のラーメンは日本人仕様になってるようで、外国で食べるラーメンは本当にマズイらしい。私は食べないからわかりませんが、具の取り合わせもなんだか。今回ダブリンで評判の『ヤマモリヌードル』では、チャーシューや鶏肉はともかく、キュウリまで入っていたというのだからただごとではありません。
 それでも懲りない夫と娘は、「こっちはどうかな?」とやはり人気店の『ワガママヌードル』へ。ここではさすがにラーメンは敬遠した夫は、野菜カツカレーをチョイス。娘はチャーハン、私は野菜炒めライス。
 厨房に立ってるのはアイルランド人の若いスタッフだし、正直期待してなかったのですが……。予想を裏切り、これが大ヒット! 野菜炒めは想像と違い、ココナッツカレーのようなものだったのですが、これがウマい! 野菜カツカレーもふつうの日本のカレーの味とかで、夫も大感激。感激のあまり、店を出るときにはわざわざサービスしてくれたスタッフを探しだし、「今まで外国で食べた和食で一番おいしかった! どうもありがとう」と丁重にお礼を述べたほど(カレーやチャーハンを和食と呼ぶのかはともかくとして……)。
 チェーン店のようでレシピブックも出てるから、私も後日書店で本を買ってしまった。



 私が食べた野菜炒めライスは、このご飯バージョンみたいな感じ。



 ダブリンはベジタリアンメニューがある店が多くて、私には天国でしたがここも同様。ベジタリアンマークがメニューにちゃんと表示されています。
http://www.wagamama.com/
 イギリスやアイルランド、オーストラリアにもお店があるようだから、旅で胃袋が疲れた時には力いっぱいおすすめです!

庄司いずみ

dimanche, janvier 14, 2007

今年こそは [Miyuki]

 なくて七癖。
 実はわたし、歯ぎしり屋なんです。
 恥ずかしい。
 だって、色っぽくないし、美しくもないし、なにより実害がある。
 歯ぎしりした晩が明けた朝ときたら、ホント、疲労困憊。すごい力が歯にも筋肉にもかかり、体がバッチリ起きているため、寝ていないのも同じことだという。
 それに、夜中じゅう力いっぱい歯をくいしばっているせいか、歯並びに沿って、口の中に痕がある。
 物心ついてからは、「口の中のスジは、みんなついてるもんだ」と思っていた。どうやら、違うらしい。
 歯医者に行くと、「あ、歯ぎしり。しますね、けっこうひどく」と、百発百中、言われてしまう。
 明らかに歯が摩耗しているのだ。
 道理で朝起きた瞬間から「がー、肩こった〜」と溜息が出るはずだよ。さいきん珍しく頭痛が出ていたのも、原因はこれに違いない。
 自力整体で多少なりとも自分のケアを始めてからは、目立ってラクになってきていたが、最近のあれこれのせいで、激しく再発してしまったのだ……。

 さて、わたしの「今年こそは」は、そんなわけで歯ぎしり撲滅作戦だ。その方法とは……。
(1)枕を変えてみる。
 人生の中で、何個もの枕がわたしを通り過ぎて行ったけど、今のところベストはこれだ!
 半月形木枕 http://www3.ocn.ne.jp/~ryugu/kotin.htm
 これを首に当てて眠る。これだけだと頭部が下がりすぎて痛いので、頭の下にタオルを折ったものなどを置いて支えるのがポイント。
 普通の、断面が丸い枕だと、あごが引かれて歯が噛みやすくなるし、低反発などの柔らかい枕だと、気持ちよくはあるが、自然な姿勢を作るためには、わたしにはあまり意味がないことが判明。
(2)寝る前に、リラックス体操などを行う。
 間違っても、布団に入る瞬間までパソコンをいじっていたりしてはイケマセン。脳が興奮してしまう。
(3)自己暗示をこころみる。
 これは意外とイケる。「念ずればできぬことなどなし!」と意味もなく自信があふれてきたある晩に開始。要はイメージトレーニングである。
 頭頂、こめかみや口のあたり、首、肩と、体の内側からイメージし、緊張をふるふると揉みほぐしていく。なかなか気持ちいい。
 「朝まで柔らか〜くね」と自分にお願いして、眠る。
 最初は「自己暗示で治りゃ世話ねーや」と思っていのたが、歯科でもらった資料に「『明日は朝5時に起きなくては』と思って寝て、目覚ましが鳴る前に目がさめた経験はありませんか? 自己暗示の力をあなどってはいけません」てなことが書いてあり、すぐに納得したわたしは「ふーん、試してみよう」とトライ。
 なかなか調子いいんです。
 効いたかどうかは、朝起きたときの疲労度と、噛みしめた痕の残り方ですぐわかる。
 自己暗示をきちんとしないで寝たら、起き抜けの気分は悲惨です。

 歯ぎしり撲滅作戦が成功したあかつきには、同様の悩みを持つすべての方々への福音となれるかもしれないし、また自己暗示のポジティブな力について、わが生体動作研究所の研究も進む。
 普通の疾患も、ある程度は、適切な自己暗示でゆるめることができる気がする。となると、予防医学へのはかりしれない貢献も視野に入れなくては。

 生命力のはたらき、心と体の不思議なしくみに思いをはせつつ、今宵もまたチャレンジあるのみである。

水流薗みゆき

samedi, janvier 13, 2007

バラバラ殺人事件[Minoru Ota]

 安倍ちゃんは週末になると実家に帰ってくることもあるようだ。昨日までいなかったおまわりさんが突然、我が家のまわりを徘徊し出すのである。すると、我が町内は日本で一番安全な町に姿を変える。
 ところが、安倍ちゃんが永田町の別宅で鼻をほじくっていたであろうある夜、我が家から50メートルと離れていないマンションの一室で殺人未遂事件が起きたのである。新聞によれば、被害者は30代の男性。同居していたもう一人の男性によれば、知り合いの男がやって来て、突然、銃で4発、撃ったのだそうだ。残念ながら、深夜であったため、早寝早起きの僕はその銃声を聞くこともなく、けたたましく凝集するパトカーのサイレンの音にも気づくことなく、幸福な夢を見ていたらしい。
 翌日、犯人が捕まったという報道があったが、なんとこやつは事件があったマンションの9階の住人だったという。オオ、なんと。銃を隠し持っていた殺人者(正確には殺人未遂者)が至近距離に住み、おそらくは何度もすれ違っていたことであろう。くわばら、くわばら。
 という恐怖も消え去らぬうちに、今度は隣町の神山町でバラバラにされた遺体の一部が発見された。発見場所がいつも通る道だけに、やだね〜、と思っていたら、数日前、突然、朝からヘリコプターが我が町内の上空をゴーゴーと何機も旋回始めた。そうである、バラバラ殺人の犯人が同じ町内のマンションの住人だったのである。
 いまや日本国中知らぬものはいない、あの「セレブ妻バラバラ殺人事件」ないしは「鬼妻バラバラ殺人事件」のことである。ヨーロッパに行っている安倍ちゃんも、これを知ったらさぞやビックリすることだろう。
 テレビ各局の中継車が井の頭通りをふさぎ、あたりは大渋滞。
 きのうも遺体発見現場のあたりをたまたま自転車で通ったら、どこかの局のレポーターが台車を押しながらカメラに向かって何やら話しておりました。
 容疑者はペットに犬を飼っていたそうだから、代々木公園でウォーキング中にすれ違っている可能性も大ですな。だからといって、自慢できるものでもないが、そういう人間としての特異点である殺人というものを犯すことのできた存在が、身近で暮らしていたということは、なにかしら不思議な気分にさせる。
 同じ渋谷区内で起きた兄が妹をバラバラにした殺人事件といい、いやなものです(これは我が家からは少し離れたところでの事件でしたが)。
 なにやら人ならぬものが、このあたりを徘徊して、人を狂わせているのではないかと、つい気味の悪い妄想をしてしまうのは職業柄か、性格ゆえか。
 以前、我がマンションに不審者が侵入し、僕が勇気をボロ雑巾のごとく振り絞り、お巡りさんが来るまで不審者をたった一人で“捕捉”していたことがあったが(最初は刃物とか持っているのではないかと、ほんとうに怖かったですよ)、渋谷が近いせいか、変な人が多い町ではある。
 こりゃ、安直なヒロイズムは命取りになりそうだ。これからは臆病者に徹しよう。


 太田穣

mercredi, janvier 10, 2007

旅行ぼけ中です……[Izumi Shoji]

 改めましてあけましておめでとうございます♪
 たくさんの年賀状をいただいたのに、旅行の前はばたばたで、旅行中は見所満載でせわしなく、帰国の頃から体調がイマイチで……。
 不義理をしていてすみません。滞っていたお仕事もがんばって進めます! 休暇をいただいてありがとうございました。

 未だにお屠蘇気分、つまり旅気分が抜けないわたし。旅の報告をしたいと思います、いいでしょうか?(←だから誰に許可を求めてるんだよッ、とつっこまないでくださいませね)
 おパリは相変わらず相変わらずのおしゃれな街で、それはまあそれなりに楽しかったのですが、ダブリンは本当にいいところでした〜。
 何よりお人が温かかったこと(前にもかきましたね)、街が小さくてかわいかったこと、ちょっと足を伸ばすと自然も満喫♪ 命の洗濯とはこのことかも。日に日に元気が戻ってくるような素敵な場所でした。
 ラスト数日は食べ物にやられたのか、風邪なのか、発熱と胃痛、腹痛でヨロヨロしていましたが、また行きたい街のナンバー2です! ちなみに1位はマラケシュ、3位はローマ。番外でパリは住みたい街、移住計画もしばしば出るほど夫にとっては大好きな場所のようです。娘も大学はパリに行くとか言ってます。

旅行中なんどもでかけたアイリッシュパブ。ギネスはうまい! 演奏もよくて本当に楽しかった。最近は渋谷界隈でもアイリッシュパブが流行ってるみたい。誰かつきあってくださる方がいれば、ご一緒にギネスを飲みましょう〜。



旅の途中嵐にもあったし、お城にも訪れたし……。
そうだ、時々お仕事の方に「お嬢ちゃん、大きくなった?」と聞かれたりしますがバリバリ追い越されました。
身長も体重も、態度のでかさも私をはるかに超えてます。

そうだ、フィッシュ&チップスってやつは結局未体験です。また行かなきゃ!

庄司いずみ

mardi, janvier 09, 2007

謹賀新年アーンド社会復帰、なのか?[Hitoshi Oba]

 留守と言へ
 ここには誰れも居らぬと言へ
 五億年経つたら帰つて来る(高橋新吉「るす」)

 え〜っと、こんな感じでいきなり有名な作品やフレーズを引用してハッタリをかますというのは文章術としてはあんまり趣味が良いものではない、ということをどこかで読んだ覚えがあるのだけれど、なに、当ブログの他の執筆者の皆様方に比べれば、まだまだ駆け出しライター見習心得代理補佐みたいな身の上、おまけに以前何回か書いたようにオーバの本業は碁打ちなのであるからして、一向に頓着などしないのであった。
 ともあれ、明けましておめでとうございます。そして、大変長い間御無沙汰してしまいましたことをお詫び申し上げます。じゃあその間、お前はなにをしていたのかって?
 あ〜、う〜、その〜……、実は母方の曾祖母の又従兄弟の幼馴染みの友達の知り合いがお嫁に行った先で産んだ子供の幼稚園の先生が冥王星の出身だったものでね。お墓参りに行っておりました。まさか冥王星までは偉大なる首領様のミサイルも飛んでこないんじゃないだろうかとも思ったし。
 なにしろ冥王星は遠いから行って帰ってくるだけでも大変なのだけれど、国債天文学連合のおかげでもうすぐ定期便もなくなっちゃうことですしね。なんでも『セーラームーン』の版元にまで問い合わせが殺到したそうじゃないですか。オーバは不勉強でなにも知らないのだけれども、冥王星にちなんだキャラがいるんだそうですね。
 そんな次第で帰ってきたのは正月早々。ただでさえ世事に疎い人間だったのが、そこにシンニューやら拍車やらカギカッコやらがかかって、もうホント、浦島太郎みたいな状態である。
 つまりですね、ぶっちゃけてしまえばネタがジェンジェンないんでございますよ、奥様。
 せめて石原真理子さんの五億光年分の一でもネタがあれば(負けるな、森本レオ!)中川翔子さんのブログの五京分の一くらいの視聴率(?)が稼げたりするのかもしれないんだけど。申し訳ない。
 冥王星の土産話でも書けばいいんだろうけど、これはNASAやペンタゴンに固く口止めされておりましてね。なんか滅茶苦茶なことを書いてるみたいだけど、拙者、実は密かにYJ先生を目標にしてたりするのであった。ほっといてくれ!
 帰ってからはボ〜っとテレビなんか見ていたのだけれど、出てくるタレントさんのほとんどがわからない。
 なんで笙野頼子がやたらテレビに出てるんだろうなと思っていたら、実はハリセンボンの春菜ちゃんだったというテータラクでありまして……。
 なんか久し振りだというのに、前にもましてスベリまくっておりますな。太田師匠、ごめんなさい。
 修行して出直して参ります。御免。
 そんなわけで、また五億年くらいしたらなにか書かせていただくかもしれません。
 ではまた。皆様方におかれましてはくれぐれも良いお年でありますように。

 大場仁史

dimanche, janvier 07, 2007

高いものはうまい(愛情が入っていないものを除く) [Miyuki]

 割と外食が少ないからか、我が家のエンゲル係数はけっこう低い。日頃飲むワインについても「980円以上、1300円以下」という価格帯はほぼ決まっていて、1800円のものになると「うーむ、特別にブルーチーズも奮発するか……」てな感じになるわけね。
 ところが今年、運気をくるりっと変えて輝かしい出発を期した私は、年末セールで某ワイン専門店の福袋を取り寄せた。
 中には、6000円相当のシャンパン1本も入っている。
 これは、ドンペリとかのメジャーなところではなくて、いわゆるRMという非大手のもの。
 それにしても、たった1本のワインにこんな大枚をはたいたのは初めて。宵越しの銭は持たねえ江戸っ子になりきって、ええい、年1回ぐれぇ、ぱーんといきやしょう、と思ったのだ。
 本年に入り満を持して、シャンパンの栓抜き名人であるダンナに開けてもらい、念のため、細身でも形の違うグラスに注いだ。

 話が少しずれるが、これは、我が発酵物質研究所において日本酒、赤ワイン、白泡酒でさまざまに実験した結果、ちょっとした器の違いで飲み物の味がまったく変わることが実証されたためである。
 香り高い吟醸酒も、丸っこい萩焼きの器と、筒形の磁器で試すと別物になるし、戴き物の高価な赤ワインは、口が広めで底が丸いグラスでないと安っぽい味になってしまい、もったいない。本当は、ブルゴーニュならどうとかボルドーならこうとかいうのもあるに違いないのだが、我が研究所ではそこまで研究が進んでいないのであしからず。

 さて、このシャンパンだが……。
 「!!」
 今までの、カヴァやらスプマンテを含めたせいぜい2000円代の白泡ワインも「ええのぅうまいのぅ〜」と喜んで飲んできたのだが、はっきりいって格が違う。
 うっとりするようなピンクがかった黄金色、細やかにゆらめく泡、気持ちが華やぐアロマ。
 ひと口めから流れはじめる、繊細でのびやかな旋律。
 そして2杯、3杯(←うひょー贅沢! 今書いていても興奮するゼ)と進めてもちっとも飲み飽きないし、口に含むたびにしみじみおいしい。
 あああ、生きていてよかった。うまいものを飲み食いするとすぐ思ってしまうのだが、今回もやはりそうだった。
 作った人々の愛情と時間と苦心が、こんな美しい1本に凝縮されているのだ。

 そこに敬意を表して、2個のグラスのうち1種類を却下(一方のほうが明らかにおいしかった)してゆっくり楽しんだ。
 「うーんこっちの方が香りがいい。味がやわらかい。こっちは、味がとがってチープになる」「グラスをセットで揃えてる人は、味の違いに気づかないだろうね〜。お金なくてグラス1種類1個ずつしかなくてよかったね」などと言いたい放題。

 高いものはうまい、当然かもしれないがそこに至るまでの時間が入っているし、その時間には技術や経験やいつくしみが詰まっている。
 今年も職人技への憧憬をこんなふうに深めるとともに、自分をもまた、豊かに醸していこうと思った新年でした。

庄司改メ 水流薗みゆき

追記:何と読むのかって? 「つるぞの」です。
本年もどうぞよろしくお願いします。

lundi, janvier 01, 2007

あけましておめでとうございます[Izumi Shoji]

アイルランドは嵐です!
昨日はちょっと足を伸ばしてマラハイドという街にあるお城を見に行ったのですが、
最初っから電車を降り間違うわ、お城が駅から超遠かったのやら、期待していたお城のレストランは閉まっていたわ、暴風で吹き飛ばされそうになるやらで、夫や娘から
「ちょっと〜、ここに来ようって言い出したの誰だっけ」光線がビシバシ。
フンッ、ダブリンの街中にいたところで寒さも暴風雨も変わらなかったと思うのだけど……。
でもお城はとてもかわいかった。嵐で晴れたり、荒れたり大忙しでしたが、晴れ間には虹もかかってすてきでした。写真ではわかりづらいかな……。



そして夜は初めてのアイリッシュ料理体験。
ここでも今日はタイミングが悪く、もっとも古くからあるというパブに行こうね♪と出かけたら、貸し切りで入れず。
アイリッシュダンスも観られるという、繁華街のお店に入りました。
夫と娘はアイリッシュシチュー。外食が多くてお腹が疲れたからシチューがいいよね、と頼んだら、こんなすごいものが出てきて二人とも卒倒しそうになってました。
1/3も食べられなかったみたい。完食している現地の人はすごいです。
肉の量ったら……。ステーキ3枚分くらいでした。見ているだけで鼻血がでそう。



食事のあと、同じお店の別のフロアに移動。
生演奏を楽しみましたが、時間が早かったせいか、ダンスは観られず。
でも、優しいおじいちゃんとおばあちゃんが娘に椅子を譲ってくれたり、
若いお兄ちゃんが娘に「眠そうだね♪ 乾杯〜!」と話しかけてきたり。
そういえばタクシーの運転手さんも、パブの店員さんもみんな超フレンドリー。
お人の良さはどこの街よりスバラシイ。和みます。

そうだ! 今日は元旦です!
あけましておめでとうございます。
今年もがんばります。みなさまよろしくお願いします!

庄司いずみ