世界フシギ紀行 [Miyuki Shoji]
いきなりで恐縮ですが、私、輪廻転生とか前世とか霊とかタマシイとかは、信じるスタンスで生きております。どちらかというと最近では、生と死の区別がだんだんぼやけてきたっていうか。
私が信頼する人生の先達者たちがみんなその意見なのも理由のひとつですが、そうでないと説明できないことも、私的には多々あるわけで。
あ、「そーゆーの全然ダメ」「なら証拠ミセロ」という人もいるでしょう。いいんですよ。ただ科学的に言っても、「あることも証明できなければ、ないことも証明できない」のだそうで、そうなると個人が決めることですもんね。
以前、こんなことがありました。2人のいわゆる”見えちゃう人”に、まったく同じことを言われたのです。
あるときある人に、私とダンナは、「あー前世でも夫婦だったんだねー。この前は中国だね」。っていうことは、一度じゃないってことらしい。さらに「中国○○部の△△あたりに住んでた」とか、わりと詳しく言われたのですが、まぁ話半分っていうところ。内心、「中国なんて広いし、適当に言ってるんじゃ?」と笑ってただけでした。
ずいぶん経ってそんなことなど忘れていたころ、別の”見えちゃう人”が「あ、初めてじゃないんだ。前もめおとだったんですねぇ。中国○○部の△△付近かな。いい暮らしでしたね」などとさらりとおっしゃる。やっと前回のリーディング(?)を思い出して、二度びっくり。
で、最初の人とまた会ったとき、「どうしてみんな同じことを言うんですか?」とシロウト質問をぶつけてみました。
答。「モノにも人にも、記憶は刻み込まれてる。だから見える人なら、同じ情報が引き出せて当然なの。あとは、それをどう解釈するかで違ってくるから、よく言う『当たる』『当たらない』が出てくるわけなんだけどね。
それと、前世なんていくつでもあるから、それが今の人生に役に立つケースだけ選んで教えてあげるんだよ。お金目当ての人はいいことばっかり言ったり、数多く言ったりする人もいるみたいだけど、『私、前世で××だったのー』とそればかりに拘泥する人が多いから、なるべく言わないようにしてる」とのこと。
ついでに尋ねてみたら、”超能力”みたいな能力は、生まれつき強い人もいるけど、ある程度なら瞑想なり何かの修業なり、その人にとって大切な分野の訓練を積んでいるうちに自然と出てくる、副産物のようなものだそうです。だから超能力を身につけること自体を目的とした新興宗教などは、ナンセンスで笑っちゃうとのこと。
そうだよねー、たとえばベテランの寿司職人さんが何十個、何百個と鮨飯を握っても、すべて1グラムの狂いもないなんて、ほとんど超能力のようなものだし。
私的には、生まれてきたということは、「人生の旅人となり、苦手なものや苦しいことを克服して、魂を進化向上させるためなのであーる」と思っているので、できれば今世では、かなりの課題をクリアしていきたい、とこう思っているんですがねえ。
そうすればもしかしたら、もう来世はないかも!!
うーん……いやぁ……正直、まだそこまでの自信はないなぁ。くじ運も全然ないしね……。
庄司みゆき


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