脳内麻薬 [Miyuki Shoji]
『サイエンスミステリー』というドキュメンタリー番組を観ていたら、肉体労働者だった英国人の中年男性が、脳卒中の手術を受けて以来まるで違う人格に変貌して芸術に目覚め、あらゆるものに自己表現を展開するわ、美しさを発見して打ち震えるわで24時間体制のアーティストになってしまっていた。
脳科学からいうと、ドーパミンという、本来ならここぞというときにだけ分泌されるホルモンが出っぱなしになって依存・強迫状態におちいり、その結果まわりのあらゆるものに繊細に、しかも激しく反応して芸術活動の元となっているのだという。
何しろキャンバスどころか家の壁一面に極彩色の絵の具をなすりつけ、全身で粘土をこね、間断なく大木に彫りつけ、日が落ちればライトをともして並べまくるという具合で、それまで家族思いだった男は芸術をどうにも“止められなく”なり、ほかのことすべてのプライオリティは消失、仲むつまじかった妻までじゃまに思うようになってしまった。奥さんは我慢を重ねた挙げ句、「まだ彼を好きだけれど、私にはどうにもできない」といって離れていくのだが……。
コメントを寄せていた女医さんも“ドーパミンの人”。自身が双子を流産したショックが引きがねとなり、強制ナントカ症という、「あらゆる物事が重要ですばらしい気がして、書きとめておかないわけにはいかないという思いに突き動かされる」という症状を呈している。現在も彼女は、リビング、ベッドルーム、通勤用のバイクなどありとあらゆるところに紙とペンを用意、バスルームには防水のメモパッドをぶら下げていた。最初は紙がなければ手の甲や腕にでも、延々と文章にして書き記していたらしい。
この番組を観て思ったのは、過去の偉大なる芸術家たちは「あるとき曲が私に降りてきた」だの「物語の全場面が浮かんだから三日三晩、徹夜で書き留めた」などと語っていたりするがそれはたぶん本当のことで、やはりそうした人たちというのは、ドーパミンが垂れ流しの状態(常に、あるいは、ちょくちょく)の、“壊れた”人なのではないか、ということだ。
誰だったか評論家が「若い人なんか、オレは天才だとか、天才になりたいとかよく言うけど、天才は大変なんですよ。尋常じゃない」と嘆息していたけど、まさにそう。
天才として生まれてしまったら、他人から評価されることとはいっさい関係なく、才能というかアガペーというかあるエネルギー体の奴隷となり、家族への細やかな情愛や日常のコマゴマした作法なんかに構っていられないほどの衝動に支配されて、あふれてくるものを書いたり描いたり計算したりして一生を過ごすしかないのではないだろうか。もしかしたら家族の食糧の買い出しとか結婚記念日のプレゼント選びとかをこまめにする天才もいるのかもしれないけど、それでは天才度は低い気がしなくもない。
それは、私共にだってドーパミンは出ますよ。恋しているときとか、すんごいキモチイイ思いをしているときとか、大事故から生還したときとか、伊集院光の暴走トークに笑いころげたときとか。そのときは見るもの聞くものキラキラと輝き、クスリもかくや、というエクスタシーも訪れる。でも気持ちが落ちつくと、ホルモンの分泌は止まる。いや、ホルモンの分泌が止まるから気持ちが落ち着くのかな。だから、「もう歯磨きして寝よ」「そうそう、ごま油が切れてたっけ」などの些細な物事に気がまわって、暮らしていけるわけなのだ。
天才じゃなくて助かった――“小さな幸せ”を見つけることでは人後に落ちないと自負している私の、率直なる感想。けど、脳卒中の手術とか流産という、普通でも十分あり得るきっかけで“向こう側”に行っちゃう人もいるわけだから……。そうなると本人、幸せか? 楽しいか?
こればかりは、行ってみないことには分からない。
庄司みゆき


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