2冊の本から思ったこと(両方ともまだ読んでないけど)[Ota]
大場君、ご多忙中につき、タオーがまたピンチヒッターです。
不思議話の続きです。
けさの朝日新聞に、話題の人物のインタビューが出ていた。丸山弁護士じゃないよ(僕も何度か取材で会ったことがあるけど、いい人なんだよね。大学の先輩でもあるし)。
ただいまベストセラー中の『生きて死ぬ智慧』の著者、柳澤桂子さんである。
書店で平積みになっているのを見て、どうせ“ニューエイジ風味付けの相田みつを”だろうとたかをくくっていたが、このインタビューを読んで、ちょっと興味がわいた。
記者の本文曰く──
《幼いころから、生命現象の背後に超越的な存在を感じていた。発生学と遺伝学の最前線で研究を進めていた20〜30代の頃(ママ。ころ・頃、文字統一がとれてません。>朝日新聞校閲)も、「実験で自分の予想が当たったとき、素晴らしい結果が出たときは、神様ありがとうございます、とひざまずきたくなった。物理学者が神を見る、というが、生命化学も同じ」と振り返る。》
そして柳澤さんは「特定の人格神も信じないが、宇宙に対する畏敬の念を感じてしまう」とおっしゃっている。また、般若心経の一節を『お聞きなさい/あなたも、宇宙の中で/粒子でできています」と「心訳」したことについて、「般若心経を読むと、おしゃかさまは宇宙を構成する粒子の存在を知っていたとしか思えない」と語る。
おそらく、柳澤さんという女性は立派な女性ではあるのだろうけれど、一方で、これが近代の科学者の限界なのかもしれないとも思ってしまう。近代科学の目から、おしゃかさまを見るのであって、おしゃかさまの目で宇宙を見ているのではないわけだし。ニューエイジ・サイエンスというのは、とどのつまり、還元主義を否定しつつも、「ほら、宗教や神という超越的な存在にだって、科学はアプローチできるんだよ」という、科学賛歌と同工異曲たる部分もあると思うのだ。
かつて、『クォーク』という科学雑誌で、“なんちゃってサイエンス・ライター”として原稿を書いていたとき、世界的に著名なニューロコンピュータの研究者である某国立大教授にインタビューしたことがある。
インタビューが終わり、テープレコーダーを止め、雑談になった。当時から『死後の世界の科学』特集をやろうとか、がちがちの還元主義者の編集者たちに提案していたくらいのアホのオオタですから、このときも教授にこう聞いてみたのだった。
「人間の意識・心はコンピュータと違って、科学の対象とはならないような気がするんですが」
すると、その教授はこう言ったのだ。
「そう思いますよ。かつては、コンピュータ上に人間の心と同じものをつくれると考えていたときもありましたが、今はまったくそうは思いませんね。心とコンピュータはまったく別のものです」
それから、ニヤリと笑って教授はこう付け加えた。
「実はね、僕は、年に2回、神さんのところに行って、先祖の霊を降ろしてもらって、話をするんですよ」
つまり、巫女の口寄せである。
驚いたと同時に、その誠実さに感銘を受けた。科学者の方は、オカルトと思われることを決して口にしないものだからだ。
かつて、ノーベル物理学賞を得た科学者であるパウリが、ユングとの共著で、ケプラーの発見の背後に存在した「直感」というものに焦点をあてて論じたことがあった。つまり、観測や計算以前に、「直感」があったのだと。この著書から「共時性(シンクロニシティ)」という言葉が一人歩きしていったのだけれど。
こういう問題は、あせって軽々に結論を出すべきではないけれども、しかし、現代の科学者はパウリのこの言葉にまったく耳を貸さずに来た。それは人間の可能性を狭め、おとしめることにつながっていくのではないか。ひいては(牽強付会かとは思うが)、人間性の荒廃や戦争へといたる、人間中心主義の意識を植え付けるのではないかと思うのだ。と、書くと、ニューサイエンスを一転弁護しているようかもしれないが、違いますよ〜。
それにしても、なかなかに乱暴な議論だなあと、我ながら思うが、ま、私腹、もとい、紙幅に限界があるブログだし。
さて、わがアウレリウスのホームページに応援メッセージも書いて下さっている占星術研究家にして神秘哲学研究者の松村潔さんの新著が講談社より発刊となった。講談社現代新書『日本人はなぜ狐を信仰するのか』である。稲荷信仰を考察することにより、そのインドや西洋のオカルティズムとの意外な接点を探るという、スリルいっぱいの本である(と思う。まだ読み終えてないのだけれど)。また、この書には松村さんの独特な宇宙哲学も開陳されているはずなので、ぜひ読まれたし。
これまで語ってきたような、科学と宗教、宇宙といったもの、超越的な存在をめぐる思考、思想、そして人間の可能性と言ったものについて、この松村潔さんは、中沢新一らと並び立つ非常に優れた論客であると確信するのだが、ご本人は淡々と、しかしアホのオータの1万倍エネルギッシュに我が道を進んでらっしゃる。
松村さんに会うたびに、いつも、爪のあかをください、煎じて飲みますからとお願いしたいほど、前向きな人なのですが、アホのオータは、毎晩酒をかっくらって、娘とオナラ競争してるんですなあ、あいかわらず。ちなみに、トロンボーンのような美しく張りのある音で、途切れず、高らかに鳴り渡れば、オナラ競争では、100点に近い。技術点と芸術点の両方が高くないといけない、ま、女子フィギュアスケートみたいなもんですか。

太田穣


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