lundi, mars 13, 2006

隔世の感とはこのことだ[Minoru Ota]

 これから長きにわたってすることになるだろうある仕事がございまして、先日、デザイナーの方々と顔合わせを兼ねた打ち合わせがあった。
 二人いらしたデザイナーの若い男性のほう、彫り深く、愁いに満ちた瞳、とってもうらやましいふさふさの長髪、がっしりとした体躯の彼が僕の名刺をしげしげ見たのちこう言った。
「フランス語ですね……」
 おう、そうよ。フランスかぶれの太田は名刺にもフランス語を書いているのだ。文句、あっか。
 と、彼の顔をうかがうと、何やらうれしそうにしている。
 で、僕も調子に乗って、「生まれて初めて行った外国がフランスはパリで、それいらい、かぶれちゃって、ハハハ」。
 その彼のことを、Yくんと呼んでおこう。
 さて、その日はそれでフランスの話題は終わり。
 数日後、そのデザイナーの方とクライアントと僕とで急きょ、夜に打ち合わせをすることになった。デザイナーの事務所は我が家のすぐ近くであったので、近所のカフェでおこなうこととあいなった。
 約束の時間に遅れないようにと家を出たら、山手通りでそのYくんと偶然合流、並んでカフェへと向かったのだが、Yくんがこう言ったのだ。
「あの、このあいだの打ち合わせの時は言いませんでしたが、僕は日本人とフランス人のハーフなんです」
 えっ!?
「両親の家はパリにあって、日本とパリを行ったり来たりしながら仕事をしてるんです」
 ほう〜!!
「家は3区です。ポンピドーセンターの近くです」
 おう、いいところだあ。
 というわけで、意気投合、打ち合わせそっちのけで盛り上がったのでありました。
 こんなにパリに縁があるなんて、やっぱ、オレの前世はパリジャンか!? 
 で、もっと、探してみた。オレとパリの縁。
 え〜と、娘が保育園に行ってたときに、フランス人のハーフの子が一つ上にいたなあ。
 え〜と、あ、娘と同じ保育園に通っていたヨウちゃんのお母さんで、デザイナーの細山田さんの奥さんがパリ勤務で、ヨウちゃんもいまはパリに住んでいる。
 それから、え〜と、え〜と、え〜と……。
 ない。これじゃ、むしろ、娘の前世がパリジャンか!?
 というわけで、月曜日の入稿時は、Yくんが数日前からパリに帰郷(?)していたため、パリとのメールのやり取りで仕事が進んだ。
 同時にいまは、アウレリウス・メンバーの黒部エリさんのご主人、ピーターさんらが主宰するデジタルデザインのカンパニーvibesearch社とも仕事をしているので、ニューヨークともメールでひんぱんにやり取りをする。このあいだはSkypeをつかって2時間も会議した。
 僕がHotDogPressで原稿を書き始めたころは、ファックスもなく、深夜、タクシーを飛ばして編集部まで原稿を届けたものだった。
 アトムからビットへと言ったのは、MITのニコラス・ネグロポンテであったが、オレに即して言えば、HotDogPressのヨタ記事でも文字はアトム、つまり物質だったから、深夜だろうが早朝だろうが、えっちらおっちら運ばなくてはならない。だが、今や文字(画像だって!!)はビット、すなわち情報となった。1と0の組み合わせとなって電子の海を波動となってわたるのである!!
 これを「隔世の感」と言わずして何という。
 そういえば、Yくんと出会う機縁をつくった仕事を持ってきたKくんとは20年ぶりに会ったのだが、僕の頭をちらちらと見ていましたっけ。彼も「隔世の感」を抱いたのだろうなあ、僕の頭髪に。

太田穣