mercredi, juin 28, 2006

サッカーやっとけばよかった……[Minoru Ota]

 W杯もいやますますに盛り上がる今日この頃でありますが(サムライブルーについては至極残念ですけども)、このW杯のおかげで面白いコラム、といいますか、最近には珍しく野心的でありつつも誠実な若者(とはいえ30代のようではありますが)の文章を見つけましたので、ぜひごらんくださいませ(http://www2.asahi.com/wcup2006/column/tayori/jun.html)ということをば、まず、お伝えしておいて、と。
 それにしてもサッカーというのは世界言語なのだなあということをつくづく感じるものであることよ。
 日本が負けた翌日、ブラジル人の友人でシカゴで暮らすマギダさんから慰めのメールが届いた。曰く、「きのうのゲームはほんとうに残念だったわ。大切な二つの国のチームが敵同士になって戦うって、なんて残酷なの!! でも、なぐさめを言うわけじゃないけど、日本はほんとうに立派に戦ったわ。もっといい成績であってしかるべきだと思う。I am so sorry about the soccer game yesterday. It was so sad for me to see my favorite teams playing against each other! If there is any consolation... japanese played really well, and they deserved a better result!」と、意訳・翻訳してみたが、なんか、こういうのって映画の字幕書いてるみたいで、意外と面白いものだなあ(訳はあってますかねえ、みゆき様?)。
 年始の旅行でも、フランスのタクシーの運転手さんに「ところで、日本はW杯に出るのかい?」って訊ねられたし、マラケシュでも同じことをホテルのアンちゃんに訊かれた。きみたち、チェックしてないの? と、日本軽視が残念であったが、「出るよ」とこたえると、フランスのウンちゃんは「おう、そうか、仲間だなあ」みたいにうれしそうな顔をしたし、マラケシュのアンちゃんは「なんだよ、モロッコは出ねえのによ、おもしろくねえ」みたいなシラっとした態度であった。
 ま、野球じゃこういうことはないから、やっぱり、サッカーというのはすごいものだなあと感じたことであることよ。
 ちょうど8年前の夏、小さな娘を連れた家族旅行でアメリカに行ったときも、ちょうどW杯の最中であった。サンディエゴでは、くだんのマギダさんのご親戚の家に呼ばれたらば、ちょうどテレビでは一次リーグはブラジル戦の最中。おじさんにあたるペドロさんが「マギダ、勝ってるよ、ブラジル」と余裕のよっちゃんであった。
 その後、ニューヨークに移動、イーストヴィレッジのあたりを歩いていると、カフェから大歓声が聞こえてくる。決勝戦であった。フランスがブラジルを破ったのだ。
 最初はそんなことも知らず、「何騒いでんだ、学生どもは?(ニューヨーク大の近くだったから)」と思っていた僕であった。
 と、ここまで書いて、我が愛国心の足らざることを嘆く方がいらっしゃるのではあるまいか(とくにオーバくん)? なぜなら、このW杯フランス大会には日本が初めて出場したからである。ところが、W杯なんてもの、たかがサッカーの世界大会ぐらいしか認識がなかった我が輩、日本初出場は嬉しかったが、結果にハラハラドキドキ一喜一憂なんて気分はさらさらありませなんだ。
 それがいまや国を挙げての一大イベント。もちろん日韓大会以降のことではありますが、でも、まあ、いいんでないかい、サッカーという“外国語”を一つ習得するということは。世界中どこに行っても会話が成り立つ。ボールがあればなおOK。おっさんとも子どもとも誰とでも話ができるんだからなあ。
 剣道部で肩壊して剣道やめたけど、剣道じゃなくてサッカー部にしとけばよかったなあと、今さらにして思う我が輩はほんとうにミーハーお馬鹿さんではあるが、これからは日本サッカー向上のため少しはJリーグの試合も見てみようと思う太田ではあった。

太田穣

vendredi, juin 23, 2006

お弁当箱最終回[Izumi Shoji]

 お弁当箱自慢第三弾〜! 愛するわっぱもいいけれど、これもけっこう気に入っていて、取材のおり、打ち合わせのおり、ここ数週間、ことあるごとにいろんな人におすすめしている。なので、責任上、キチンと使い途を説明しておこう。興味のない人、ごめんなさい。
 インドの人がお弁当箱に使うという、フードキャリー。ステンレス製でシンプルなデザインが美しい。でね、セールスポイント! ステンレス製ですから。調理器具としても使用オッケイ、なのだ。直火も大丈夫らしいが、私がよくやるワザは、圧力鍋の内鍋として使うやり方。
 私のフードキャリーは3段。その一段目にお米と水を、二段目に、今日の場合はレンズ豆と野菜、スパイス、塩&水を入れて、重ねて圧力鍋にいれて火にかける。時間としては、そうですね、シュンシュンいったら弱火にして10分弱というところだろうか。
 その間に、今日は青菜と人参を炒め、残る一段につめるおかずをつくった。外で子どもの声が聞こえてから調理スタート。子どもがチャンネルチェックをしてる間に、こんな本格的な「ここはインドか、ネパールか!? スパイスの香りにうっとり〜」の、カレーディナーが出来上がってしまった。
 同じ要領でご飯&お煮染めでも、パスタ&シチューでも、ご飯&豚汁でもなんでも作れる。一人暮らしの人には日常の調理ワザとして超おすすめです。あと、ハラヘリの子どもが待ちきれないから、超特急で一人分だけ支度したいなんて時もナイス。私の場合、深夜に帰宅したけれど、夕食はまだ。でも、なんか食べないと腹減って眠れないわよ! なんて時に大活躍の調理法だ。
 しかも、です。調理が終われば、そのまま重ねてパッキン、と留め金をとめ、お弁当として携帯もオッケイ。おすすめです!
 お弁当箱のことばっかりでごめんなさい。このシリーズはこれで最終回にします。




 ところで....。みなさんは今日は睡眠時間は足りてますか? 私は寝不足。サッカーがどうしても観たかったわけじゃないんだけど(非国民でスミマセン)、明け方に近所のどなたかが「ウォーッ」「よっしゃーッ」「アアッ」とかシャウトするから、全然眠れなかった。そのたび起きあがり、リビングで観戦中の夫のところに状況を聞きに行ったりで、忙しくて眠れませんでした。
 オーバさんはいかがお過ごしでしょうか?

庄司いずみ

jeudi, juin 22, 2006

非戦闘型、オールライト! [Miyuki Shoji]

 サッカーが特に好きなわけでも詳しいわけでもないので非難を浴びるのは承知のうえだけど、ワールドカップがどうなっているかくらいはチェックするようにしている。
 なのに日本チーム、よしっシュート行けるぞいうときにしないし、速攻してきてもゴール前でぱったり動きが止まってしまうし、守備人数が多いときでもスカスカ抜かれちゃうしで、見ていると精神衛生上、非常によろしくない。無意味に血圧が上がるだけである。
 そりゃこういうものは勝たなきゃいけないのはわかっているけど、勝ち負け以外にもいい試合、悪い試合というのはある。「得点にはならなかったけど、動きがよくて、見ていて気持ちがよかった」あるいは「どんくさいけど、粘りに粘ったのがすばらしい」なんていうのがそれだ。日本チームの戦いぶりは「いい試合」とは程遠い、というしかない。
 K-1なんかの格闘技しかり。いい試合であれば、見ていて血が騒ぐ。燃える。後味がいい。だけど、逃げ腰でいっこうに攻撃しない武蔵なんか、いつも「役立たず! 弱虫!」と罵倒したくなる。身体だけデカくても、タイプとして格闘技、向いていないのだ。
 闘うなら、たとえば山本KIDとか魔裟斗みたいにきちんとトレーニングを積んでいる上で、ぶち切れてみせる闘争心、プラスして冷徹なセルフコントロールが必須のはず。世界の狩猟民族と違って、穀物を食んでまわりと穏便に暮らしてきた日本人の多くには、この戦闘的な部分が抜けているように思われてならない。
 とまぁ、スポーツファンには絶対に聞かせられない以上のようなことを日頃、感じている私にとっては、ワールドカップに「ニッポン絶対に勝つ!」と雄叫びをあげるタレント(これは演出としても)や一般の人々の態度は不気味でしかない。
 冷静に見てごらんよ。こんな内容じゃ勝つわけがないじゃん。歴史的・文化的(?)に攻撃に向いていない場合でも、技術や守備やまとまりのあるファインプレーでカバーできるはずとしても、チーム全体としての緻密さとか前向きな姿勢がそこに達していないじゃないか。
 2試合めの後のインタビューで、「勝てる試合だった」と(わずかないらつきを感じさせながらも)静かに語っていた中田は大人っぽかった。その言葉通り、ポイントポイントをおさえていれば、勝ってもおかしくない試合だったのだ。だけど得点のチャンスは何度も失われて、結局、あまりいいところのないままに終わってしまった。
 そうした落ち着きを持たず、選手が「懸命に走っていますッ」なんて中継するアナウンサー、どうにかしてくれ。プレー中は懸命に走るに決まってるでしょ。ちんたら走るわけないでしょ。絶叫型よりも、淡々と語るゴルフの世界トーナメントのコメンテーター(普通は、元一流選手だ)のコメントなんかのほうが、説得力があって百倍興奮するのは、私だけかもしれないが。
 ファンにしろメディアにしろ、根拠もなく「もう勝つしかない!」と吠えたり、相手のミスを大げさに喜んだりしているのでは、極端な例えだけど、戦争と変わりないじゃん。惜しくもない大はずれシュートを「惜しいーッ」と評したり、大したことないプレーをベタほめしたりするのもやめてほしい。「大本営発表」のデッチ上げと同じじゃん。それから今回、相手のシュートを止めてきた川口がずいぶんと精神力・実力ともにレベルアップしたのは認めるにしても、彼だけに頼るわけにはいかないのは誰にもわかるはずだ。
 「ちらっと見た程度でエラそうに言うんじゃねーぞ」という批判はその通り、黙って受けましょう。内容だって支離滅裂、自分でわかってます。だけど私は、いい試合が見たいだけなのだ。流れのある攻撃、柔軟な守備、ここぞというチャンスをつかむ感覚のよさ。サッカーをよく知らなくても、スポーツに詳しくなくても、美しいもの、活気のあるものは見ればそうわかる。非戦闘タイプならそれなりに、持っているいいものを生かした試合にできるはずだ。

庄司みゆき

mardi, juin 20, 2006

卵焼きPART2[Izumi Shoji]


 私がいかにお弁当箱を愛しているかを昨日書いたが、お弁当そのものはショボいものだ。たとえば今日のお弁当。お煮染め弁当なんて手の込んだことは、仕事の日にはできません。早朝、寝ぼけ眼でつくるのだから、手抜きもいいとこ。
 定番の手順はこんな具合。ご飯を温めている間に小鍋に湯をわかし、ありもの野菜やキノコを片っ端からさっと茹でる。ご飯をつめて、茹で野菜やキノコをつめて、生の野菜も隙間につめて出来上がり〜。あ、ゆで汁は捨てません。乾燥めかぶやとろろ昆布をさっと浮かべて即席スープ。これは水筒に入れ、お弁当のお伴です。
 ここまでで5分もかからないが、その日の気分で野菜に味をつける何か、くらいは用意する。ドレッシングを作ったり、ポン酢とか、だし醤油に生姜を混ぜたのとか。そういうのをタレ容器に入れて持って行くこともある。それすら面倒なら、味噌に七味を混ぜて野菜のそばに添えたり、梅干しだけを入れることも。最初から和えたり、かけたりして持ち歩くと野菜がくたっとするから、食べるその場で味をつけるわけだ。
 ナーンテ、偉そうに言うほどのこともない。こんな手抜きでいいのだろうか。味付けでバリエーションをつけても、要するに毎度お浸し+サラダ弁当、ガッツなさすぎ! なので、今日のように多少元気のある時は、もう一品作ることも。高野豆腐や油揚げをさっと煮るのがせいぜいだが、今日はナント! キビと豆腐を炒め、炒り卵風にしてみた。お母さんの卵焼きを再現しようとしたのだが、腕が良すぎて、偽物なのにしっとりふわふわ、おいしいのができてしまった。今度母にまずく作るコツを聞いたら....。憤慨するだろうなあ、傷つくだろうなあ。ああ、やっぱり聞けません。

 あ、ところで私はお弁当に仕切りは使わない。味が混ざったほうがおいしいと思ってるから。夫は味が混ざるのは苦手みたいで、中華料理なんかだと小皿をバンバンかえたがるけど私は正反対で、食べるのがめんどくさくなると、ご飯の上におかずを乗せ、スープや汁物もかけて食べてしまう。行儀が悪いですね。でも、そういうのが一番おいしいと思うのだけど....。みなさんはいかが?

庄司いずみ

lundi, juin 19, 2006

卵焼き[Izumi Shoji]




 みなさんには「見ると買っちゃうから、頼むから見せないで〜」ってな物はありますか? 私の場合、その対象はお弁当箱だ。弁当箱マニア、というか、フェチかも。
 私にはそう必要なものではない。朝から打ち合わせや取材が続く、終日撮影、それこそ名古屋出張なんて日はお弁当持って行くけれど、たまのことだし。
 でも.....。いいお弁当箱を見ると、我が物にしたくて頭がクラクラするのだ。職人さんがつくった物とか、素材のいいもの、昔ながらのもの、イコールお値段のいいものほどクラクラ度は高くなる。これをフェティシズムと言わずしてなんと言おう。
「なんでも買ってあげるから結婚して」と、もしも誰かに言われたら、今なら間違いなく遊山箱をあげる。徳島県で昔使われていたという、子供が持つ、一人用のお重だ。雑誌、リンカランで見てネットで検索したら、今でも売ってるではないか。ほしい、喉から手が出るほどほしい、あぁ、クラクラ、クラクラ...。
 だってこんなに可愛いんだもの。外箱の中に三段のお重をおさめる仕組み。外箱には持ち手がついててそのまま下げて出かけられる。で、でも、ナント2万円ちかいのだ。なので、誰かプロポーズしてくれないかと思ってる次第。
 しかし。とか言って大騒ぎして手に入れても、実際にはどうせ使わない。さわりだけ紹介しても、私ったらこんなに持っているのだ。ステンレス製のフードキャリー、ネットで探しまくってやっと手に入れた、キャンベルスープを入れる用の水筒、サンドイッチの時用のカゴ、岩手県の職人さんの手による木のお弁当箱、あと、近所のお店で見かけた、お花の形をした塗り物の弁当箱も、買うか否か迷い中。
 それなのに、実際に使ってるのは、愛するわっぱの弁当箱オンリー。中が赤く塗られているもので、もう10年は愛用中。おにぎり弁当の日も海苔弁の日も、パスタ&サラダ弁当でも、焼きそば&やさい炒めの日も、ビビンバ弁当、素麺弁当、蕎麦弁当も、ぜんぶこれ。何を入れてもバッチリ決まるかわいいヤツで、コレクションはいくら増えても結局これしか使ってないジャン、ってのが現状だ。

 ところで、お弁当の思い出と言えば。うちの母の卵焼きはまずかった。母の名誉のために言っておくと、料理ベタな人じゃない。お煮染めや魚の照り焼きなんかはかなりうまいし、おでん、ロールキャベツ、昔風ミートソースなど、名作料理も多い。なのになぜか、卵焼きや炒り卵だけは....。火が通りすぎてぼそぼその上、しょっぱすぎるのだ。減塩運動の盛んな庄司家なのに、なぜ卵焼きだけしょっぱいのか、今でもなぞだ。それに、自慢じゃないけど、私の卵焼きはしっとりふわふわ。うちの娘が毎度感激して「おいし〜!」と叫ぶほどなのに。
 でもね、ベジタリアンで卵も食べない私だけれど、もし人生の最後に、「何が食べたい?」と聞かれたら、「お母さんの卵焼き」と答えそうな気がする。ホントにおいしくないんです、アララってな味なんですけど....。

庄司いずみ

モーツァルトのことなど[Minoru Ota]


 先日、『ウンケミ相性占い』の打ち上げをかねて、松村さん、講談社の山室さん、田中さんの4人で一献かたむけました。
 松村さんとは久しぶりにお会いしたのですが、さすがに面白い話のオンパレードで、3人とも「ほ〜、へ〜、うわ〜、なるほど〜、う〜む、ぎょえ〜、お〜っ!!」とうなるばかりではありました。
 松村さん、ただいまはモーツァルトに関する本を執筆中ということでした。なんでも、「モーツァルトの本なのに、モーツァルトの話が少ないので書き直してください」と言われたとのこと。なんとなく、想像がつく。
 このモーツァルト本の中身はほぼオペラ『魔笛』に費やされてるようでして、「なぜ日本人が出てくるのかも書いている」と松村さんが言っていたのがぼんやり記憶にある。なぜ「ぼんやり」かと言うと、泡盛を調子づいてかっくらっていた僕は途中でコックリコックリし始めたのでありました(お開き直前には熟睡していたらしい)。
 ここのところ、もっと話を聞きたかったけれど、この「魔笛に出てくる日本人」というのはタミーノのことなのだろうか。台本に「タミーノは日本の狩衣を着て」というト書きがあるからだ。ああ、待ちきれないなあ、本が出るのが。
 モーツァルトがフリーメイソンのメンバーだったということは有名な話で、僕は『MOZART COMPLETE MASONIC MUSIC』というCDを持っています。フリーメイソンの典礼用にモーツァルトが書いた曲を集めたものなのですが、フリーメイソンだからどうこうということもなく、あいもかわらぬモーツァルトそのもので、とてもよいCDです。指揮はイシュトヴァン・ケルテスです。
 昔、モーツァルトとフリーメイソンの関係について書かれた本を読んだことがあるが、さっぱり覚えていない。ということは、あまり本質的なことが書かれていなかったのだろう。
 以前、グルジェフが言うような「絶対音楽」があるとしたら誰でしょうと松村さんに聞いたらば、「それはバッハとモーツァルトじゃないかな。『マタイ受難曲』と『魔笛』とか」という答が返ってきたのを覚えています。
 武満徹は、亡くなる直前にラジオ(あるいはラジカセだったか?)で『マタイ受難曲』を聞いて感動していたと夫人が語っているのを新聞で読んだことがありますが、松村さんも打ち上げでその話をしていました。もっとも、松村さんがそう言ったのは音楽は音(オーディオ装置)が悪くても、あるいは悪いほど裸の姿となるという一例としてでありました。松村さんはオーディオ・マニアでもあるのだが、よいオーディオでいい音になればなるほど、音楽は感覚的なものになってしまい、音楽の本質がかえって隠蔽されるのではないかと言うのであります。高額かつ高性能のオーディオ装置で音楽を聴いている松村さんから、そんな話が出るとは意外だったとともに、Macにハーマンカードンの安スピーカーをつないで聴いている僕は少し安心したのでした。
 以前、唐十郎が「自分の葬式にはフォーレのレクイエムを流してほしい」と言っていたけど、僕ならやはりバッハの『マタイ受難曲』にしてほしいです。iPodにJBLの旅行用スピーカーつけて、それを棺桶のそばにおいて流してくださいと、いまから遺言しておきます。
 という話で終わると、ほんとうに死にそうな感じがするので、続けますが、打ち上げで松村さんはシェーンベルクもまたとてつもなく繊細な音楽という印象で大好きだと言っていましたが、僕もシェーンベルクは大好きです。大学生のころ、『浄夜』をBGMに詩の朗読&ヘタな舞踏もどきをして、観に来てくれた詩人・白石かずこさんらの顰蹙を買ったことがありましたが、このとき、僕といっしょに半裸でヘンな踊りをしたのが、以前、唯尼庵について書いたブログに登場した吉岡であります。あのころは、ふたりとも体重は60キロを切っていましたが、いまは、二人の体重を合計すると160キロほどに。恐ろしや……。

太田穣

lundi, juin 12, 2006

恋をするなら [Miyuki Shoji]

 そうだったのか。血だったのか、ガード下好きは。

 以前、「飲みに行きましょ」と言ってよく誘ってくれたイケメン編集者Aさん。多岐にわたる話題はすばらしく、盛り上がらなかったためしはないのだが、毎回、高そうでとっても趣味がよくておしゃれでトレンディな店に連れていってくれるのでほとほと参った。
 そりゃ麻布十番や北青山のはずれにあるような、雑誌に紹介される前のこじゃれた飲み屋さん、たまにはいいですよ。大皿の中ほどにちょっぴりこんもり盛られて出される京野菜のサラダをつついたり、世界各国から取り寄せたおいしい塩が10数種類もメニューに載っている日本酒専門店などに行ったりすれば、楽しくないわけはない。
 だけどだけど私が一番好きなのは、妹同様、オヤジがたむろするような安くて旨い店。黙っているとまずハイボールが出てくるとか、モツ煮やマグロブツやハムカツが名物だとか、ワインといったら一升瓶から注がれるとか、いわば縄のれんな感じがタマランのである。屋台で韓国のドブロクがざんぶり出される、なんてのもイケてるぞ。たとえ結婚式の二次会でドレスアップしていたって、喜んで行きますよ、そういった店とあれば。
 面白がってAさんについてまわっていたせいでそのうち“大人のカンケイ”に誘われてしまったので、「ゴメンナサイ」したところAさん、「今までお連れした店は、非常に吟味したものであった」旨おっしゃった。
 純粋にびっくり。
 毎回印象深い店だったのだから選ぶのに苦労していないわけはないのに全然そうとも気づきませんで、Aさんにはその時、心から申しわけなく思った。
 女性というものが一般に、高そうでとっても趣味がよくておしゃれでトレンディな飲み屋さんが好きなのか、あるいはAさんが私をそう誤解していただけなのかはいまだ詳らかならずだが、私(アンド妹)を口説くなら、バッチくておいしい店に連れていくほうがいいだろう。女性にお金をつかうバブリーなクセが抜けない方なら、清潔でいなせな下町の鮨屋あたりで手を打とうじゃないか(我ながらゴーマンだなぁ。まっこれ読んでおごってくれる御仁もいないだろうから、ハハッ、好きなこと書いちゃえ)。

 つい先週のこと、カナダの片田舎に住む知り合いの若夫婦が世界旅行で日本に寄った際、家に1週間ほど泊まっていったのだが、「お礼に」といって、京都のノミの市で楽焼の抹茶碗を探してきてくれたのと、休みの朝にダンナが焼くという、スコーンの簡素版みたいな、甘くないサクサクビスケットを早起きして作ってくれたのには心打たれた。
 二人は事前にうちの小さな食器棚に気をつけていたらしく、安いけど気に入って使っている唐津や備前、土っぽい若い作家ものなどを見て「こういうのが好きそうだ」と考えて決めたと思われる茶碗はしっくりした気持ちのいい作品で、彼らの旅行ぶりからいって高いものであるはずもないけれど、こういう気遣いなら、たとえそれが500円だろうと50万円だろうと関係なく、とてもうれしくありがたいものだ。

 そんなわけで、安い縄のれんならどこでもいいわけではなくて、「いやぁここは旨いから是非」という、愛情のこもったお誘いのみ受けつけ中です。
 反対に居酒屋「みゆき」にいらしていただいた折には、もろきゅう、そら豆、トマトスライスなんぞを召し上がっていただいている間に、ちゃんと得意の肉じゃがの肉抜き(ってジャガだけじゃん)や厚揚げとワカメの炊き合わせ、モヤシ入り醤油焼きそばなんぞをご用意させていただきます。おいしいよ♪

庄司みゆき

vendredi, juin 09, 2006

私の中のおじさん濃度[Izumi Shoji]

 夫、太田穣は現在、日本中をはげしく往来中。今週は名古屋日帰り出張×2回。今日〜明日は沖縄取材、来週は京都取材のその足で高松に向かうのだそうだ。つきあいのいい私は早朝でも起きて見送るし、遅くに帰ってご飯を食べると言われれば、待って一緒に食べる。ってなわけで、自分の仕事と夫の忙しさで、ここんとこ2倍忙しい気分。いえ、忙しいのは気分だけで、私に入るお金が倍になるわけじゃないんですけどね。

 ところで、私もたまに名古屋や大阪に新幹線で日帰り取材に行くこともある。平日早朝の新幹線は、ビジネスマン率がほぼ100%。取材でもジーンズやスカート&サンダルで平気で出かける私と違い、おじさんたちはスーツ姿だ。中にはスーツがくたびれちゃってる人もいるけど、早朝ですからしょうがない。
 さて、早朝の新幹線。品川を出てしばらくは朝食をとる人もいるが、30分もすれば爆睡率もほぼ100%。そりゃそうです。ついたらすぐにミーティングや商談が待っているのだろう。寝てくださいませ、おじさん達。私も寝かせてもらいます。
 そして、取材の帰り道。夕方の新幹線は、これまたビジネスマン率ほぼ100%。おじさん達は朝よりは血色もよく、ネクタイ緩めてビール飲んだり、連れのいる人は仲良く焼売つついたりして。ガード下の居酒屋状態だ。もちろん私も缶ビール! ベジタリアンじゃなかったら仲間に入り、焼売やカマボコ、わけてもらいたいくらいです。
 うう、書いていたら新橋の飲み屋に行きたくなってきた。嫌いじゃないんですよね〜。「とりあえずビールと枝豆!」の世界。今なら冷やしトマトや冷ややっこ、お浸しで十分満足だけど、肉とか食べてた遠い昔、もつ煮込みなんてつっついたっけ。おじさんたちのタバコとヤキトリの煙でスゴイことになりながら、ガード下は楽しい。
 これって絶対父親の遺伝と思う。私ごとで恐縮だが、うちの父は上京の折に渋谷ののんべい横町を発見し、「未だにこんなところがあるんだねえ」と喜んじゃう人なのだ。そんな父を夫が行ったという、ゴールデン街に案内したら喜ぶだろう。うん。親孝行計画の一つとして、このプランは温めておこう。

 ってなわけで、今回は何を書きたいのかよくわからなくてごめんなさい。つまりだ。清楚でカレンなこの私(!)の中にも、居酒屋好きなおじさんの血は流れてるというわけで。ついでにカミングアウトすると、昔っからオジサマ好き。なので庄司とデートしたいなんて野望を持ってる人は、試しにガード下とか、おでんの屋台に誘ってみてくださいね〜。少なくともホテル最上階のスカイラウンジよりは、色よい返事が聞ける確率大だと思いまーす。ナーンテ、それより前に、そんな野望のある人はいないでしょうけれど。 

庄司いずみ

mardi, juin 06, 2006

唯尼庵という名のバーにて[Minoru Ota]

 先日、ひとりの友人から久しぶりの電話があった。
「太田ぁ、ゴールデン街に飲みに行ったらな、なつかしい人に会ったよ。その店のな、マスターしてるんだよ、その人」
「だれ? オレの知ってる人?」
「おう。行かない、その店に?」
「いいよ。でも、だれ、その人?」
「お〜しえないっと。会ったときの楽しみね」
「けちくせえヤツだなあ」
「それでなあ、彼ね、連れ合いを亡くしたばかりでさ、元気がなかったんだあ」
「連れ合いって……奥さん、亡くしたのか?」
「そうそう。去年の秋だそうだ」
「そうなのかあ……」
「で、さあ。きょう、これから、どうお?」
「これからって、おまえ、オレ、やっぱ、突然はまずいだろ、我が家の場合」
 ってことで、それから数日後、その友人と新宿は紀伊國屋書店前で待ち合わせてゴールデン街へと向かったのであった。ちなみに、この友人の名をば吉岡という。
 ゴールデン街なんて何年ぶりだろう。というよりも、何回目だろう。いや、「数え切れない」という意味ではなく、「数えるほどしか足を踏み入れていない」という意味で……。
 ゴールデン街の箱庭的迷路の中をグルリ、グルグル。「ここなんだよ」と吉岡が小さなバーの前で立ち止まる。年季が入った木のドアの横に「唯尼庵」の看板がぶらさがっていた。
 吉岡がドアを開けると、カウンターごしにその問題のマスターが「らっしゃい!!」とこちらを振り向いた。
 それが誰だか僕にはすぐにわかった。30年ぶりほどの再会で、ごま塩頭になっていた彼だったけれども、ほんとうにすぐにわかったのだ。
「Nくん!!」
 と、僕が驚いて言うと、彼も「おう、太田じゃねえかあ!!」と驚いた表情で応じた。
「Nくん、変わらないねえ、ちっとも」
 カウンターに腰を下ろしながらそう言うと、彼は「Nくんって言っちゃダメだよお。ここではオレ、“小鉄”なんだからあ!!」と、他の客の焼酎のロックを作りながら照れくさそうに言った。
 実際、「小鉄っちゃん、おかわり」だの、「小鉄っちゃん、お勘定」だの、Nという本名で彼を呼ぶ客は一人もいない。
 さて、ゴールデン街というものにまったく疎い僕であるが、吉岡のレクチャーによれば、ここ唯尼庵(ユニアンと読む)という店はゴールデン街でもそうとうに有名な店で、故・田中小実昌さんや故・中上健次さんらが通った文壇バーでもあり、かつ、多くの俳優やミュージシャンの常連も多いという。いわばここは“生ける伝説の店”であり、そしてこの店を30年以上にわたり切り盛りしてきたその人こそが、Nくんの連れ合いであるところの女性であり、彼女もまた“伝説のママ”──ペコという人であったのだそうだ。女優でもあった彼女は、ここに集う有名無名の男たちが仰ぎ見るいわばミューズであったという。
 吉岡が「見てみろよ」というふうに視線で後ろの壁を指し示した。振り返るとB全ほどの古ぼけた巨大なポスターの中で、ヌードの若い女性がチャーミングな笑顔を浮かべている。
「この人がNくんの連れ合いだよ」
 吉岡がそう言った。
「ペコ、な」と“小鉄っちゃん”が言葉を継ぐ。
「オレさ、ここに20代のころから通ってたんだ。客でさ。ペコのファンだったからさ。それがいつの間にか、ペコと一緒に暮らすようになっちまってさ……」
 Nくんらしいなと思った。
 Nくんとは18歳から20代前半にかけてよくつるんだ。みないっぱしの芸術家気分で、朝まで徹夜して喧々囂々議論に夢中になった。Nくんは無頼派気取りで、小説家になるという夢だけをポケットにねじ入れて、友人たちの家を転々としていた。
 あのころはみなそうだった。書きかけの詩や小説だけがあった。完成したものなんて一つだってなかった。つねにすべては書きかけだった。だのに、自分がいちばんの才能の持ち主だとうぬぼれていた。
 おそらく、あれから30年がたった今も、そんなに変わっちゃいない。どんなに長い原稿でも、仕事となるとさっさと書き上げるのに、自分がほんとうに書きたいものはみなまだ書きかけのままなのだ。
 でも、Nくんは“伝説の女”を我がものとした。それはNくんにとっては立派に何かを“書き上げた”ことなんじゃないだろうか。さみしそうにカウンターの向こうで水割りを作るNくんをぼんやり見ながら、僕にはそんな気持ちがしてならなかった。

太田穣

samedi, juin 03, 2006

証拠写真[Izumi Shoji]



 しつこいですけど、プチカミングアウトの続きでーす。証拠写真を見つけたので、ついでに報告。洋服をおいてもらってたお店主宰のファッションショーに参加した時の模様。私の洋服をかっこよく着こなしてくれたモデルのマユミちゃん、ありがとー! お世話になったご恩はもちろん忘れてないですよ!
 しっかし、あの頃はホントに洋服作りに没頭してたなあ。でも、いいのです。今は書くことが最高の愉しみなのだから。洋服作りは老後のたのしみにとっておこう。































 ところで、オーバさんって実際会うとたいへん知的で話題も幅広く、仕事も確実で真面目と聞いているのに、ブログになると突然自堕落に見えるのはなぜ? 露悪趣味....? 逆に私はいいこぶりっこだ。実物は文章ほど素直な人柄ではないかも? うっふふ、ご用心!

庄司いずみ