mercredi, août 23, 2006

わたしが子どもだったころ [Miyuki Shoji]

 かごバッグ、かわいい、かわいすぎる。妹に発注したい。でも仕事のじゃまはできないし……。なんて悩みそうなほどいいですね。夏らしくてとっても素敵。

 さて最近、知り合いの4歳児におみやげをもらった。幼稚園も夏休み。家族で遠出をしたそうで、小さなピンクのウサギのぬいぐるみを選んでくれた。
 お母さんいわく「ドライブインで、『みゆきさんにおみやげ買う!』と言い張るの。ほかのお母さんに『お友だちなのね。みゆきさんて、いくつ?』って聞かれちゃった」とのこと。

 実は私、そういうことはままある。おみやげをもらったり、お菓子を渡されたり、散歩の途中で公園で知り合った幼稚園児と「秘密基地」について話し込んだり、「これおもしろいから読みなね」と絵本を貸されたり。
 精神年齢が同じだってことなのかしら。

 私が子どもだったころ、とても嫌だったことがある。大人が勝手に話を進めて、「えーっそうだったの?」とか「前もって言ってくれればわかったのに」という状況。
 たとえば、大人的には「今日は子どもも一緒に◯◯さんちに行くから、その前にお菓子屋さんに行って、何か手みやげを買ってきましょう。その間、子どもにはお留守番してもらおうかな」という日だったとする。
 それならそう言ってくれれば、喜んでお留守番をしようじゃないか。なのに大抵の大人はその辺をはしょるから事情がまったくわからず、ぼーっとしている間に時間は過ぎ、◯◯さんちに着く段になって「えっそうなの?」ということになる。
 もっと言えば、「赤いキャンディと青いキャンディ、どっちがいい?」と差し出され、「んーじゃ青」と選んで食べたら一気に10歳も上になり、「あれ? え? どういうこと?」「あーそれね、青いキャンディ食べたら10歳上になるんだ。赤なら10歳下ね」と後出しされるようなものなわけです、子どもにすれば。
 知っていれば、手みやげのお菓子を提案したり、留守番の間に◯◯さんちに行く心の準備をしたりできるわけで、もちろん赤か青か熟考するでしょう、キャンディひとつにも。
 子どもは子どもなりにちゃんと原則に従って生活しているわけなのだ。
 「どーして言ってくれないのっ!?」と、子どもの頃はいつもフンガイしていた。皆さんはそういうこと、ありませんでしたか? 私がたまたま、そういうタイプだっただけなのかしらん。

 なので今の私は、相手が2歳だろうが8歳だろうが、事情を説明する手間は惜しまない。2歳だってきちんと話せば、言っていることはある程度、わかってくれるものだ。
 そのせいか、冒頭の4歳児は私を「世間話ができる相手」だと見なしているようで、会うとぺちゃくちゃおしゃべりを始める。
 「今日、幼稚園で健康診断あったんだよねー」「へえ。私さあ、歯が痛いから歯医者さん行かなきゃいけないんだぁ」「あっ私も! みゆきさんはどこの歯医者?」「私は◯◯歯科かなあ」「私と違うねー」てな感じ。
 立派に話が成立してるね、書いてみると。お母さんが「この子、あなたと話してるときが一番自然なのよねー」というのは、ほめてくれていると言い切れないところが複雑であるが、日頃、説明を惜しまずしている余録ということにしておこう。

 まあ、保育園の先生で20人の子どもを一度に面倒みなくちゃいけないとか、赤ん坊が夜泣きをしてそれどころじゃなくて、とかいう場合は当然、「いちいち腰をおろして子どもの話相手なんてしてられないわよ」となるのだろうが、自分が子どものころ嫌だったことくらいは、これからも気をつけておこうと思っている。

庄司みゆき