mercredi, avril 26, 2006

展覧会仕事[Minoru Ota]

 我が輩が「臨時学芸員」として協力いたしました、愛知県長久手はトヨタ博物館で開催中の『若者に愛されたデートカー展』でありますが、博物館の西川さんからも、乃村工藝社の担当者・高井さんからも「大盛況です!!」のメールがありました。おめでとうございます。
 初日はテレビ、新聞など、マスコミが合計8社も取材に訪れたそうであります。
 朝日新聞のネット版にも写真入りで紹介されていましたね。
 名古屋近辺にお出かけの予定がある方は、ぜひご覧になってください。僕が作ったパネルに、一生懸命に集めた80年代の小物類などが、懐かしのプレリュードや、マークIIや、カプリや、BMWなどとともに展示されています。
 展覧会の仕事なんて2度目なので、ちょっぴり不安でしたが、西川さんや高井さんをはじめ、この仕事に誘ってくれた大学の後輩の石埜くんなど、みんないい人ばかりで気分よく仕事できました。
 展覧会の1度目の仕事は何か? そうくると思った。
 それはン十年前、大学生のころである。ホテルオークラでの着物展示会のために什器を運んで並べるっつーバイトをしたのだ。これだって立派な展示会の仕事でしょ。
 んでだ、俺はそのときに会ったのだ、あの二人に。
 驚くな。ジョン・レノンとオノ・ヨーコだ!!
 俺が一生懸命什器を運んだり並べたりしている宴会場の前の廊下を、上下の白のスーツに長髪をなびかせたジョンと、同じ上下の白のスーツに帽子をかぶったヨーコがさっそうと歩いていったのだ。
 手にしていた漆の衣紋掛けをその場に置くと、俺は一目散に宴会場を飛び出して廊下に出た。そして二人の後ろ姿を追いながら、俺は自らにこう言い聞かせた。
「俺はいま、ジョンとヨーコを見ている。焼き付けるんだ!! この目に焼き付けるんだ!!」
 目を閉じると、あたかも太陽を直視したあとのような、まばゆい白の残像が!! ってことはなかったが。
 ジョン・レノンに会った、というより見たのはこれが最初で最後。
 でも、オノ・ヨーコはこのときをのぞいて2度見ている。一度目は高校生のとき、郡山で行われた日本版ウッドストックの『ワンステップ・フェスティバル』で、ヨーコはプラスチック・オノ・バンドを引きつれてステージに立ち、ステージからパンツを観客に放り投げていたっけ。かぶれやすい俺は、友だちといっしょにテントをかついで、盛岡と郡山をわざわざヒッチハイクで往復したのだ。気分はヒッピーだったのだな。ウイやつだ。
 2度目はおととしだ。我が家から渋谷へ向かう途中の路地、焼き肉屋のあたりですれ違ったのである。ここはお金持ちの街、松濤にも近いから、オノ・ヨーコが歩いていても不思議ではないが、オノ・ヨーコが僕を「あれ、知ってる人かな?」っていう視線で見たような気がした。な、わけ、ないから、「あの恐い顔の男の人、やばくない?」って思ったのか?
 実は仕事の関連でオノ・ヨーコさんの弟さんとお話をしたことがある。こういっては失礼だが、姉弟とは思えないほどビジネスマン然とした方でありました。でも、考え方はやはりとても柔軟でリベラルでいらした。
 トヨタ博物館の『デートカー展』のテーマの一つは80年代の若者カルチャーであるのだけれど、今にして思えば、僕にとっての80年代はジョン・レノンの死によって始まったのだ。1980年12月8日、FENが1日中ビートルズやジョンの曲をかけ続けていたっけ。ジョンの不在に俺は耐えられるだろうかと、マジに不安になったりもしたことを思い出す。ウイやつだなあ。

太田穣

dimanche, avril 23, 2006

ドラマ侮り難し [Miyuki Shoji]

 何気なくテレビをつけて、そのままエンディングロールまで座りこんで見てしまうことなんて滅多にない。
 またテレビネタですが……。わざわざ書く必要があるくらい、本当にテレビって観ていないのです、最近は。だって、話題のドラマはほとんどが自意識過剰のジャリタレ主役で「ハズカシ~」って感じだし、歌番組はたいがい全員歌がヘタだし、お笑いは玉石混交だし、旅ネタ料理ネタは「全部同じ脚本なのか」ってくらい定番仕立てだしで、「見ごたえあったねー」ってのはドキュメンタリーとかスポーツとか、そんなのしかなくて。しっかり毎週、「見忘れのないように」と意識したドラマは、ここ数年では唐沢版『白い巨塔』と、放映中の『チャングムの誓い』だけかも。いやーもうチャングム、毎回必ず、情的(家族、師弟、男女、敵味方など)・技術的(料理の競い合い、調理シーン、盛りつけ、薬膳の知識など)ヤマ場がてんこ盛りで、まるで実写版の美内すずえ、目が離せません。
 それはそうと、その日のテレビ欄チェックからは完全にもれていた「福岡発地域ドラマ『いつか逢う街』」。このタイトルで福岡発のNHKドラマ、主演が永島敏行なんていったらもう相当に泥くさそうで、「お、観なきゃ!」とはまず思うまい。しかも再放送だったから昼間の時間帯。ニュースを見ようとつけたらやっていた。
 筑豊炭田の街、飯塚市で畳屋をいとなむ職人が永島敏行。腕を発揮できる手仕事が減ったために店をたたんで広島の会社に就職することにし、妻と小学生の子どもも一応は納得している。自分の手がけた芝居小屋にも挨拶に行くが、そこで炭坑夫の格好をした幽霊に出合う。幽霊は実は、自分が幼いころ亡くなった「お父ちゃん」だった。一緒に芝居を観に行く約束をしていたその日、落盤事故で命を落としたのだ……。
 てなストーリーで、けっこうベタなんですが、何がいいって、父親役のイッセー尾形がすばらしい。どうやったら出てきて4、5分もしないうちに、剛毅でオチャメで身勝手で、そのくせシャイで家族思いだっていう性格がくっきりわかるのか。かといって類型的なわけではなくて、痩せっぽちで薄汚い(炭坑で死んだ日のままの姿だから、バッチイ)のに本当に魅力的。これまで、“ナマモノの人”だと思ってテレビではあまり注目していなかったから、これほどの芸人さんだとは知らなかった。
 このワガママお父ちゃんが、「あの日観はぐれた『国定忠治』をどうしても観たい」「そうせんと成仏できんばい」「なんで演ってもらえんとか」とだだをこね、しまいには息子も音をあげて、親友の大衆演劇一座の座長に頼み込む。公演当日、半分の入りだった芝居小屋は、お父ちゃんの仲間の炭坑夫たちで二階まで満席、怒涛の拍手。街の人々には見えないが、役者たちにはその熱気と感動の気配がはっきりと伝わり、渾身の演技を見せる……。
 クライマックスでは、はからずも涙が落ちるほど感動してしまった。お父ちゃんと息子が、家族や仕事、街について語り合うシーンにも、わざとらしさがない。永島敏行も、妻役の藤吉久美子も、座長役の玄海竜二も、とてもいい感じだ。途中からだったのが惜しい、最初からもう一度観たいドラマだった。
 本来、そういったカタルシスの要素も大きかったはずの演劇なのに、近年では出演者に「あ~可愛いのにヘタくそ。がんばってくれー」と気をつかいながら観ていたのに気がついた。安心して身をゆだねられるドラマの、何とたのもしいことよ。ないならなくてもいいけど、あることで心豊かになる、いわゆる文化とか教養とか、そういうもの。サウイフモノニワタシハナリタイ、じゃなくて、そういうものを見つけたり、作ったり、育てたり、もっと大事にしなくちゃあ、と確認した次第。

庄司みゆき

jeudi, avril 20, 2006

しっとり、むっちり[Izumi Shoji]

 女性のみなさん、緊急報告、たいへんです!
 イカすエステティシャンの話は、前に書いた。感化されやすい私のこと。その方のお言葉は守り通している。足も腕も体中、ボディクリームべったべたで寝る。そして、「首やデコルテは顔を同じケアを!」という、アレである。
 そろそろ2週間? ふと鏡にうつった自分の姿に驚いた。首がしっとりツヤツヤ光ってる。肌も滑らか! ウソッ!
 実は実は、もう20年くらい悩んでたのだ。首のざらつきに。
 顔の肌は、まあそれほどトラブルはない。あと、誰でもそうだと思うが、胸やお腹はしっとり滑らかなのに。なんで首だけザラザラ? しかも黒ずむの!? アレルギー体質だから衣類かネックレスのアレルギーか、あるいは「さめ肌ってこういうのかも」と、なかば体質、一生このままと諦めていた。
 それが毎日顔と同じく、化粧水と乳液をつけ、寝るときはリッチなクリームたっぷりと、のケアを続けただけで。きゃあ、なんと! しっとり、むっちりの首〜デコルテになってるじゃありませんか。しかも、ざらつきも黒ずみもほとんど気にならないほどなくなってる。この調子で続ければ、お腹の皮膚と同じくらいなめらか〜、になるのも夢じゃないかも。いや〜ん♡
 もう、嬉しくって家族に見せびらかしました。メイクの仕上げには、首筋にリップグロスをちょんちょんつけて、桃色に光らせてみたりして。こんな色っぽい首筋だったら、『愛ルケ』の冬香みたいに、「首を絞めて〜、私を殺してぇ」なーんて言ってみたくもなるというもの。(ウソです。ゼッタイやってはいけません。苦しいのは嫌いだし、そんな趣味はありません)

 あ、で、浮かれてないで、なぜ保湿だけで、こんな首筋になっちゃったのかを説明しよう。
 イカす女性に教えてもらったのだが、乾燥は肌の最大の敵。乾燥すると静電気が起こるでしょ。静電気は肌にダメージを与え、肌荒れしたり、乾燥がさらにひどくなったり、色素沈着を起こしたりするらしい。膝小僧が黒ずむ人。あれは、スカートの裾がまとわりついておこる静電気のせい。となると、私の首の黒ずみは、冬の定番タートルネックや、真夏以外はかかさないマフラーやショールなど、巻物による静電気が原因だったのではなかろうか!?
 というわけで、おかげさまで、もう私ったら夏の準備は万端だ。しかも最近では、話題の田中ゆくこ先生の「7歳はかるく若返る」というマッサージまでやってるおかげで、なんかここんとこのワタシ、すごいのである。って夫と娘に言ったら、「首筋がしっとりしてるのはわかるけど、あとはふだん通りだけど?」とキッパリ言われたが。
 いいのです。女がキレイになるには、思いこみやテンションは絶対大事。「ワタシって結構いいわ〜」って思ってる時のほうがキレイオーラが出る、と思うので。イカす女性のおかげで美に目覚めた私。またいい話があったらご報告しますね。

庄司いずみ

mercredi, avril 19, 2006

生原稿の話[Hitoshi Oba]

 村上春樹先生の生原稿が古書市場に流出、あまりのことに先生御自身が告発文を発表されるなどして話題になってますよね。オーバ、申し訳ないことにその文章自体はまだ拝見していないのだけれど、ザックリ言うとおおむね以下のようなことらしい(確か『文藝春秋』の四月号とか、そのあたりである。まあ、「心当たり」のある方々はとっくにお読みのこととは思いますけど)。
 村上先生は1985年頃にワープロを使い始められる前は、原稿は手書き(つまり、これが生原稿です。ご存じない方もいらっしゃるかもしれないので、念のため)。で、当時中央公論社の編集者であった故・安原顕氏の手元に(何故か)ストックされていた生原稿が、氏の生前、2003年頃からある古書業者に流れていた! 安原氏もその古書業者も現在は鬼籍に入っておられるので、真相は今となっては確かめる術もなく……。
 関係ないけど村上先生、今年のノーベル文学賞、かなり有力らしいっすね。決して村上ワールドの良い読者とは申しかねる者ではあるけれども、慶賀すべきことと思ってます。もっとも先生は「そんなもの要らない!」とお考えかもしれないけれど。
 オーバが某編集プロダクションに入社したのが1982年。その時代は当然、原稿といえば生原稿であった(一部の用心深い方はコピーを送ってくださったけれど)。で、オーバは(というか皆様方)その原稿をコピー、コピーしたものに赤字指定(タイトルとか見出し、リードなんかを入れたり、字の大きさを指定したり、ちょこっと修正したりとか、ま、そんなことである。ね? オーバも出版関係者の端くれなのである)などして入稿していたわけである。
 もっと昔、それこそコピーなんてものも普及していなかった、もしくはなかった時代には生原稿に直接赤を入れてたのである。谷崎潤一郎とか川端康成とか、それこそ目の眩むような大文豪の原稿も然り。「なんとか文学記念館」とか「文豪アルバム」みたいな本をご覧になればすぐ分かる。たとえば「痴人の愛」なんて書いてある横に「タイトル20ポ」とか編集者が赤ペンで指定していたのです。
 以下はちょっとマズイ話なんですが……。そうやっていただいた原稿を、古本屋に売っちゃったなんてことは勿論ないのだけれども、御返却差し上げたかどうか、記憶が曖昧なのですよ…。以後数回会社が引っ越したりということもあり、ホントにもう確かめようもない#&!!♪@。
 こんなことを申し上げては御原稿を頂戴した先生方に大変失礼にあたるかもしれないのだけれども、まあ、春樹先生のような「裏市場価値」が生じる可能性のある原稿はほとんど扱わせていただいてなかったというのが救いと言えば救い…。ちっとも言い訳になってないですね、本当にごめんなさい。こればかりはもう、お詫びのしようもないのである。
 とにかく、そんな裏市場価値が出るのは、ホンットーに有名な作家、詩人なんかの生原稿だけですからね。それに今回のようなこともあったので、よっぽどヤクザな業者でない限り、もう有名人の生原稿なんてオイソレとは買ってくれないはずである。良い子は、いや悪い子も決してそんな料簡は起こさないように!
 で、文字の原稿が実際いくらくらいで流通してるのかなど、オーバは不勉強にして知らない。ちょこっと知ってるのはマンガの原稿の値段である。念のためにくどく書いておくけど、現在は作家も出版社も生原稿の扱いはすごくシビアになってますからね!!
 オーバ、実はマンガのお仕事も結構長いことやってたことがあるのである。94年暮れから発行が始まった小学館文庫(同文庫には活字の本とマンガとあってややこしいのだけど、マンガのほう)のお手伝いを一部。これは本当に不勉強なことに、拙者、そのお仕事を仰せつかる前はほとんどマンガって読んだことがなかったのである! 『巨人の星』とか『あしたのジョー』なんて超名作も全然……。オーバなりに理由らしきものもないわけじゃないんだけど、長くなるからそれはまた別の機会に。
 なんでそんな人間がマンガのお仕事を担当させていただくことになったのか、これも実はいまだにわからない。よっぽど暇そうに見えたのか、こいつは字だけの本はダメだと思われたのか、その両方か…。
 だもので、手塚治虫先生の作品もその時初めて読ませていただいたのである。『きりひと讃歌』という本なんですけど。で、正直驚きました。手塚先生って、こんなに面白かったんだ! いやあ、それまでこんな面白いもの知らなかったなんて損したなって。
 小学館文庫『きりひと讃歌』(別に小学館文庫じゃなくても読めますけど、多分今でも同文庫が一番入手しやすいと思います)は、嘘じゃなくマジ超面白いですよ。おまけに巻末エッセイは養老孟司先生。『バカの壁』で大ブレイクされる十年ほど前のことですからね、これも念のため。『きりひと』エッセイは養老先生に是非お願いしましょうと小学館担当者の方に進言したのも、かく申すオーバである。ちっとは先見の明もあるのだ。
 で、マンガの生原稿の話。同文庫はほとんどが印刷所にあるフィルムを使っていたので、生原稿なんて恐ろしいものから直接入稿なんてことはほんの数回。あのねえ、マンガの生原稿って、ホントにすごく恐いのですよ。基本的に「手仕事の工芸品、美術品」だからして、ちょっと古い原稿なんてネーム(吹き出しのセリフとかのことです)はすぐはがれるし、ネームはまだいいんだけど、トントンなんてちょこっと原稿を揃えただけでホワイトがガサーッと落ちちゃったり…。わかりやすく書くと、たとえば大雪のシーンとかの白いところ、ああいうのってほとんどがホワイトを使ってるわけ。で、そのホワイトが落っこちちゃうとどんなことになるか……。ね、恐いでしょ。
 とある土曜日、感心に休日出勤してお仕事したのはいいんだけど「原稿トントン、ホワイトがガサーッ」ということがオーバ、実は本当にあって、今でも思い出すと背筋が凍る。幸い画質に直接の影響はなかったと思うけど、念のため、この作品名は秘密……!
 なんか肝心の話に入る前にいつも長くなる、困ったもんである。でもってオーバの手元に一番たくさん生原稿があったことがあるのが松本零士先生の『聖凡人伝』という作品である。97年とか、そんな頃のことである。枚数はおおよそ千六百枚ほど! 当時の松本先生の生原稿の相場は、それこそ時期とか作品によって千差万別ではあるのだけれど、見当で一枚○万円はかたい…。それが千六百枚、単純計算でも○千万円、しかもまとまった作品ほぼ丸ごとだからして、うまくいくと億までいくかも!! 
 この時ばかりは、一瞬、いやまあ、三日間くらいは考えましたね。まんだ○けとかに売って逃げちゃおうかな〜。
 本当にしつこいけど、今はそんなことできないんですからね。捕まるよ、ソッコーで。
 で、何故にそんなお宝がオーバの手元なんかにあったのか? これが血湧き肉踊る(いつもすみませんねえ、オーバ、かなり重度の「紋切り型依存症」なのだ)自慢話であるのだけれども紙数が尽きた。次号を待て!!!

大場仁史

lundi, avril 17, 2006

インタビューといやあ──[Minoru Ota]

 何気なくテレビをつけると(あっ、みゆきさんと同じ書き出しになっちまった……)、元シャネルズのメンバーが出ていた。昔々、絶頂期のシャネルズにインタビューしたときに、彼らの楽屋に入った途端、メンバーみんなが僕の顔を見て大笑いしたのを思い出した。
 そのことを家内に言うと、「今まででだれのインタビューが一番面白かった?」と聞かれた。その一言でこれまでに会って話を聞いた有名人の方々の顔がパタパタと脳裏でシャッフルされた。
 僕のように節操のない仕事ぶりだとインタビュー相手のジャンルもメチャクチャだ。まさしく、松田聖子から織田無道まで、岡本太郎からロジャー・ペンローズまで、いろんな人に会い、いろんな原稿を書いてきた。その数、ン百人。企業の技術者や民宿のオジサンなど、無名の人も勘定に入れればン千人になるのではないだろうか。
 で、そうさなあ、面白かった人ねえ……。
 個人的にとても励まされたのは、ジャック・マイヨール、そしてジョン・C・リリーですね。他人のような感じがしなかった。二人とももう亡くなってしまったけれど……。「勇気をくれたで賞」を捧げ奉りたい。
 もっとも緊張したのは最高に売れていたときの薬師丸ひろ子さん。インタビュー前に心臓がバクバク言ったのはあのときだけ。でも、とってもいい人でした。「緊張したで賞」です。
 意外だったのは松田聖子さん。大物気取りかと思ったら、そんなことまったくない。まわりが気にしすぎなんです。周囲(テレビ局の人ね)からは「お疲れなんで短めにインタビュー切り上げてください」なんて言われたのに、ご本人は「えっ、もういいんですか? わたしは大丈夫ですよ、もっと聞いてください」と、僕のほうを気づかってくれるんです。本心かどうかは目を見りゃわかる。男運は悪いけど、性格はいい人なんですね。「意外でしたで賞」です。
 別の意味で意外だったのは、中学時代の後藤久美子さん。質問が気に入らないと怒り出すとか、平気でダンマリを決めこむとか、とかくワガママで尊大だとマスコミから叩かれていたときでありました。こちとらもビクビク、インタビューを始めたのだが、宇宙の話で盛り上がってしまった。夜空を見て宇宙の神秘に打たれる純粋な少女なんですね。それをお下劣な大人どもが自分たちの意に染まないからと言って叩いたのではないだろうか。以後、数度だけインタビューしたが、彼女を何度も撮影しているというカメラマンに「あんなに心を許して話をするゴクミは見たことがない」と言われた。誕生日が1日違いだから、ま、占星術的にも考え方が似てるんだよね。「意外でしたで大賞」を贈呈しよう。
 高速を走る石原プロの専用大型ロケバスの中で(ミニバーにソファなんかもあるんだぜい!!)、衣装替えのためにバスローブいっちょうになった舘ひろしさんへのインタビューもいかにも芸能人ぽくて面白かった。
 20歳のブルック・シールズは太っちゃってて、美は感じなかったなあ。
 ニューヨークは走る巨大リムジンの車内でクイーン・ラティファにインタビューしたっつーのは自慢してもいいべ。
 故カール・セーガン博士のインタビューの際にはお付きの人から「UFOの話は絶対しないように。インタビューを途中でやめるかもしれませんよ」と脅された。
 その反対に自由が丘に住んでいたUFOオジサンにインタビューしたときは、4畳半のアパートにまで招待され、不気味なオブジェに囲まれながらオジサンが撮ったというUFOや宇宙人(と、おぼしきもの)の写真を何枚も何枚も見せられた。
 と、まあ、書き始めるときりがないので、もう、や〜めたっ。
 そうそう、シャネルズでした。なんで、僕の顔を見てみんな大笑いしたかというと、単に僕の顔が面白かったからではない。
 彼らはみんな同じ高校の友だち同士なんだが、彼らと同じクラスに僕の顔とうり二つの野郎がいたんだそうだ。しかも、名前も太田だとぬかしやがる。で、シャネルズの皆さん、大爆笑したというわけである。
 それにしても、会ってみてえなあ、その太田ってやつ。やっぱ、ハゲたかなあ、きゃつも。

太田穣

samedi, avril 15, 2006

壊れた男 [Miyuki Shoji]

 何気なくテレビをつけると、映画『新極道の妻たち』が流れていた。実は任侠モノ(というか、男社会やきっぷのいい姐さんが出てくる映画)が好きなのでこれもずいぶん前にチェック済みだったが、改めて観てみると高嶋政宏クンがなかなかのやんちゃぶりである。優等生の長男タイプのほうがもしかしてキレると怖いのかなぁ、なんて考えながらしばらく眺めていた。
 やたらキレる人は困るけど、クセの強いサブキャラや「壊れたタイプの男」(壊れると結局はキレるわけなんだが)にめちゃ弱い私は、昔から好青年の主人公タイプはウルトラ苦手。子ども時代に一時熱狂していた『宇宙戦艦ヤマト』でも、主人公の古代進なんて初回から眼中になく、孤独な独裁者、デスラー総統をひたすら愛し抜いたという過去をもつ。
 だから今も、破滅していくパンクロッカーから恋に溺れる宣教師、狂った物理学者までこなすゲイリー・オールドマンが出る映画というだけで注目してしまうし、組の鉄砲玉やら阿部定に局部を切り取られてしまう石田吉蔵がはまり役の寺島進なんかがツボ。『タイタニック』では当然ながらレオナルド・デカプリオじゃなくて、主人公の金持ち婚約者役、ビリー・ゼインの嫉妬に悶える様子と濃すぎる顔にキュンとしっぱなしだった。そうそう、某国営放送で最近インタビューに応じていたのがロックグループ、キッスのヴォーカル、ジーン・シモンズ。素顔の今(50代後半?)も、隣りに座っていた釈由美子をねっとり口説きつづけ、醸しだす空気たるや、蜜をなすりつけるようなフェロモン全開なのにはたまげた。振り切れた壊し方、大仰な演出がすばらしい。
 しかし! トゥー・マッチな男ばかり熱愛していたのでは絶対に幸せになれない。一般にいうルックスがよくてバランスのとれた好人物で私が認める男性は本当に少なく、せいぜい白洲次郎くらいか。彼だって決して主人公タイプとは言えないし、もしかして私が単なる醜男好みなのかもしれないけど、それにしてもどうして壊れた男が好きなのか。
 しばし内観してみるに、まずは、人は壊れると抑制力がはじけ、素の感情がぶちまけられる。そこがまず、イイ。
 それに、壊れたところが好きというより、そんな人の来し方行く末を含めてのことなのかもしれない、と思い到った。つまり、大きなトラウマとか前世の因縁とかがあって、堕落したりやさぐれたりする(まぁ、単に主流をはずれて生まれた、って人もいるだろうけど) ⇒ つまづいたりイライラしたりで極端に走り、果ては壊れたりする ⇒ 転機となるできごと、あるいは男女問わず大切な人に出合ったりする ⇒ コペルニクス的転回がある、てな全体像あってのことで、そのうち壊れたところだけ取り出して胸がうずいている、というわけ。
 ええ、はっきり言って、完全に妄想ですけどね。
 やはり最初からスクスク素直に育ったのではキレイなだけでつまらない。中途半端に傷ついてひねくれるのもみっともない。壊れるくらいとことん行ってしまってから、中庸を知ったり枯れたりしたほうがいとおしい。「苦悩をつき抜けて歓喜に至れ」というわけで、しなやかな強さを得てからでなければ、心を打つ美しさにはならないのじゃないか。
 もちろん、社会面をにぎわすようなブッ壊れた犯罪者などは論外で、そんなのは「人としてどうよ」というのが先だが、魅惑的な壊れ男に私は勝手に胸を熱くしてしまうのだ。実際にそんな人に振りまわされたら、胸キュンくらいで済むわけはないんだけど。

 リストカットか何か、社会的に有意義な洞察を繰りひろげたいという野望もあったのに、またまた私見偏見に終始してしまった。すんません!

庄司みゆき

vendredi, avril 14, 2006

いまどきのこども[Hitoshi Oba]

 前回はオーバの本業である囲碁について、いかにオーバが真摯な態度で取り組んでおるか、など少し語らせていただいた。ところが! 「いつにもましてワケ分かんねー超&長駄文を書きやがって」なぞという怪しからぬことをヌカス手合も少なからず居るやに聞き及ぶ。
 なんかエラソーなものの言いようだけれども、なにせ「ペラ1万以下の仕事は受けない超セレブになりそこなった男」なのだからして、これくらいは当然なのである。
 まあ、縁なき衆生は度し難し。オーバは敬虔なブッディストでもあるから勘弁して差し上げるのだけれども、念のために有難い独逸国の格言を一つ掲げておく。よ〜く噛みしめていただきたいものである。
〜酒、囲碁、女。この三つを知らない奴は一生を阿呆で終わる〜

 本業について書くとナゼだか文句を言われるし、仕事のことを書くのは色々と面倒でもある。仕方ないから今回は「最近のビックリ」についてちょこっと申し述べ、お暇をいただくつもりである。
 過日深夜、入浴後にボ〜っとテレビなど見ていたのだけれども、水谷修先生が出ていらっしゃる。ご存じの人も多いと思うけれど、「夜回り先生」として有名な方である。オーバがテレビ、雑誌などで時おりお見かけしていた範囲では、水谷先生はこれまで主として中学、高校生の薬物依存について取り組んでこられた、と認識しておりました。
 もとよりオーバは相当な甲斐性なしであって、せいぜい自分の面倒を見るのが手一杯、とてもじゃないけど「お子ちゃま」なんて手間のかかるものは持てるはずがなく、別段持ちたいとも思わない。老い先短い身でもあり、これから先も多分そんなゼータクは致しかねるのである。
 それゆえ「学校」とか「教育」とか、そんな分野については切実な関心、これといった意見など持ち合わせようがなかったのだけれども、このテレビ番組にはいささか驚かされたのであった。
 水谷先生の番組だから多分テーマは薬物依存、拙者もかつてはほぼアル中、現在も立派な煙草依存症患者なのだからして、分からんこともないだろう、なんて思いながら見ていたのだけれど……。
 ところが今回のお題は「リスト・カット」。水谷先生によると「現在の日本の中学、高校で(程度の違いとかは無論色々とあるのだろうけど)リスト・カットをしている子がいない学校は一つもないであろう」とのこと! 貴方、ちょっとは驚きませんか?
 で、水谷先生のところにはリスト・カットを止められないで困っている子どもたちからジャンジャン電話がかかってくるわけである。これに対する先生のアドバイスというのがまた凄い。「リスト・カットは隠しておくのが一番いけない。リスト・カットは『魂の叫び』なのだから、親や教師の前で堂堂と切れ!」
 う〜むむ……、これってどうなんでしょう!?
 「手首自傷」とかではなくわざわざ英語(ですよね?)で「リスト・カット」と呼ぶ。その他もろもろの事情(たいしたことを知ってるわけでは勿論ないのだけども)なども考え合わせると、これはやはりかの米国が「先進国」なんじゃなかろうか、と不肖大場、想像するのである。
 いくらグローバル・スタンダード、まあおおむねアメリカン・スタンダードと言い換えちゃっても大過なかろうと考えられるのだけれど、そんな世の中でも、なにもリスト・カットとか児童虐待とか、そんなとこまでアメリカ〜ンになることないじゃん、と素朴な感慨など抱いた次第である。
 その背景には当然「大人の不機嫌」とかそんなことが沢山あるのだろうけれど、そこらへんについて書き出すと下手をしたら「オーバの不機嫌」なぞを延々と書いちゃうということになってしまうかもしれず、また恥をかきそうだから止めておきます。
 もしかすると前述のようにオーバはガッコだのキョーイクについてまるっきし無知なものだから、ナイーブに驚いているだけなのかもしれません。「今更こんなことで驚いてるのか、これまでそんなことも知らなかったのか、お前は」と叱られれば、ごめんなさいと謝るしかない。でも、もしそうなのならそれはそれで余計に恐いような気もするんですけど。
 中学・高校生諸君、痛いことは止めたほうがいいと、このダサいオヂさんは思うよ。第一、囲碁を打つ時に不自由な思いをするよ。
 ちなみに今回のタイトルは玖保キリコ先生の名作マンガ(小学館文庫)からお借りした。実はオーバ、この本は某編プロ在職時にちょっとお手伝いしたことがあるのである。誰が読んでも面白いと思いますが、とくにお子様などお持ちの方にはとっても興味深い作品と思う。是非ご一読を(勿論それでオーバは一銭も儲かるわけじゃないのである。あ、こんなこと書かなきゃいいのか)。
大場仁史

lundi, avril 10, 2006

いよいよ開幕!![Minoru Ota]

 いよいよ明日が開幕。野球じゃありません。野球はもう始まってます。
 トヨタ博物館の『若者に愛されたデートカー』展です。名古屋にお住まいの方はぜひお御足をお運びくださいませ。
 僕が担当したパネルや展示物の確認のため、先週、名古屋は長久手まで行ってまいりました。
 トヨタ博物館は愛地球博の会場だったところのすぐ近く。
 リニアモーターカー、乗りました。期待してたんだけど、静かではあったけれど、中は普通の電車。当たり前か……。線路(っていうのか、リニアモーターカーも)がウネウネと曲がりくねっているせいか、スピードもいまいち出てないし。
 博物館は銀色に輝く巨大な建物で、内部に陳列されている19世紀末からの古今東西の美しいクルマたちを目にすれば、車好きじゃなくともその壮麗さに心打たれるにちがいない。
 それにしても、いにしえのクルマの美しいこと!! マシンというより、工芸品である。驚くべきは、収蔵されているクルマはすべて今でも走行できる状態に整備し続けているというのだ。100年も前のクルマがだ。
 聞けば、部品の調達がやはり最大の苦労だそうで、アメリカやヨーロッパで発見できなければ、まったく同じものを新しく作るんだそうである。
 さて、僕が協力した『若者に愛されたデートカー』展。巨大なパネルのイラストは高村是州さんに描いてもらった。さすが巨匠です、80年代の若者ファッションの完璧なスタイル画が完成。トヨタ博物館の学芸員、西川さんも大喜び。
 この西川さん、ミュージアムシアターという初の試みの中で若い俳優らとともにお芝居を演じます。正確に言えばナレーター、あるいは弁士に近い役所で、ハマトラ女のコに利用されてるアッシーくんとかの寸劇に参加するのである。このお芝居の衣装はスタイリストの青柳光則さんにお願いした。ちょうど今ごろ、衣装や小道具を満載したクルマでトヨタ博物館に到着、皆さんに衣装の説明をしているところかも。
 この青柳さんも是州さんも、ともにHot-DogPRESSで仕事をした仲間だ。こんなかたちでまた一緒に仕事ができるとは思ってもみなかったので、とても嬉しかったのである。
 先週の名古屋滞在はわずか5時間ほどだったけれど、今年初めての「出張」。久々の一人旅にちょっと緊張した俺って、ウブだねえ。

太田穣

★黒部さん、コメントありがとう。それではご要望に応えまして、是州さんのイラスト残り3カットをご覧に入れましょう。


samedi, avril 08, 2006

オーラの見方[Izumi Shoji]

 うちの娘が昨日から凝っているのは、オーラを見ること。ゆうごはん時に突然言い出した。「人のからだのまわりに光が見えるけど、それってオーラ?」と。「そうだと思うよ。けど、練習すれば色も見えるよ」と教えたら、ガゼン興奮。娘のイメージだと、光だけより色も見えたほうが能力的に上、らしい。「練習して、特技はオーラを見ることですって言いたい」のだと。それ、特技になるのか? 母としては「もう6年生なんだから、少しはマシな野望を抱いて欲しい」とか思ったりもするわけですが。まあ、幽体離脱講座に通うような人の娘ですから.....。しょうがないか。
 で、オーラを見る練習法だ。これは、かなり昔、アウレリウスに応援メッセージも寄せてくださった松村潔さんに教わった。というか、お手伝いさせていただいた本『不思議となかよくする本』で紹介したテクニックだ。
 あっけないくらい簡単なのだが、赤や黄色、青、緑、オレンジなど、原色の色紙を用意する。それをじーっと見ていると、色の回りにアラ不思議、補色が浮かぶのだ。赤い紙なら緑色、青い紙なら黄色。最初見づらいが、目を細めたり、視点をぼかしたりしていると見えてくる。『マジカルアイ』って本はご存じですか? 絵をじっと見てると、文字や絵が浮かび上がってくるやつ。あれやってる時の感じに近いかも。
 補色が見えるようになったら、今度は本番。人を見る。暗いほうが見えやすいから、電気を消そう。するとアラアラ、ますます不思議。人のまわりにボーッと色が浮き上がるのだ。人は色紙とは違う。日本人なら髪は黒、肌は肌色と決まってる。洋服の色こそ違うけど......。電気を消せば、服の色には左右されないはず。なのに、人により黄色っぽかったり、赤かったり。前に実験で、数人で順に壁の前に立ち、見あいっこしたことがある。みんな同じ色を見ていた。オーラだかなんだか....。人のからだから、色つきの光が出ていることは確かなようだ。

 で、オーラを見ることができて、トクすることといえば? ないです、別に。小学生なら特技になっても(?)、いい大人が「あなたのオーラはピンクですねッ」なんて言ったら、「ヘンな人」と思われるのが関の山。
 あ、でももし役立つとしたら、相手の状態が読めることでしょうか。精神性がオーラにあらわれるか否は知らないが、体のコンディションやその時のテンションはでるようだ。弱ってる臓器のあたりは光が薄かったり、黒っぽかったり。家族がそうなら気をつけてあげたほうがいいかも。あと、カッカしてるときは頭のまわりが火のように赤かったり。そういうときは火に油を注がないよう、要注意だ。って、こう書いてはみたものの、私もそうそうオーラを見たりはしてません。目がやたら疲れますからね。
 でも、昨日頼まれて娘を見てあげたらキレイなひよこ色だった。健康そう。私を見てもらったら、頭からブルーのオーラが出てるって。おや、なんだか知的な雰囲気だ。
 しかし...。こういうことやって喜んでる私たちって、やっぱりオカルトファミリーなのだろうか....。

庄司いずみ

lundi, avril 03, 2006

エミリー・ローズ[Minoru Ota]

 春休み中の娘も毎日、家でゲーム&カートゥンネットワーク三昧では可哀想と、ナルニアとエミリー・ローズのネット評価から後者を選択、ホラー映画好きノーテンキ親子はいそいそと渋東シネタワーに出かけたのであったが(あっ、いま、「死ねたワー」と変換されてしまった!!)、意外や法廷劇ふうの堅実な作り、娘は手で顔を覆ったり耳を塞いだり、存分に恐怖は味わったようだが、肝心のストーリーのほうは今ひとつ理解できないようではあった。
 悪魔に取り憑かれた女子大生が悪魔払いを施され、あげく餓死をする。この死を牧師の過失によるとして裁こうという社会と、牧師に罪はないと戦う弁護士の物語であるのだが、「これは実話をもとに制作されました」というところがミソなのである。そう言われると、「おお〜、やっぱ、悪魔はいるんだあ、キリスト教ってすごいなあ、信者になろうかなあ」なんて思わせる力があるわけで、アメリカなんかではこの映画を観て突然教会に通う出す人が増えたんではないだろうか。
 じゃ、どこまでが実話なんじゃ!! とムラムラ調べたくなった我が輩、さっそく「emily rose」でググると、あった、「the story of Emily Rose」、これに違いあるまいとクリックすると、こんな内容の英文のメッセージが出てきた。
「映画のEmily Roseとは関係あ〜りません。ここは、わたしたちのかわいいベイビー、Emily Roseのホームページですよ〜。間違わないでねえ〜」
 同姓同名の女のコの成長記録を綴ったサイトであった。それから調べること数十分。Emily Roseというのは映画上のみの名であり、モデルとなったのはドイツのAnneliese Michelという少女であったことを知る。彼女は自ら悪魔に憑依されたと主張し、さまざまな幻影を見、幻聴に惑わされ、あげくに蜘蛛などの昆虫を食し、己が尿を飲み、家族を罵倒し暴力をふるい、また自虐、拒食、異言、そういった映画と同様な現象が起きていたのはどうも事実らしい。敬虔なカトリック信徒であった父親の望みから医学的治療を断念し、悪魔払いへと進んだわけなのだが、映画とは異なり、このエクソシズムは長期間に及んだ。結局、拒食による栄養失調が少女の命を奪い、映画と同様、牧師は過失致死で拘束される。映画と異なるのは、このとき、家族もまた同罪で起訴されたことだ。
 さて、このAnneliese Michelについて記したあるサイトでは、ちょうどAnnelieseが憑依を主張し始めた直前、映画『エクソシスト』がドイツで公開され、センセーションを巻き起こしたことに留意されたしとの記述があったが、まさに「留意されたし」である。
 実際に起きたことと映画との最大の違いは、映画におけるあまりのキリスト教賛美である。やはり、映画制作者たちの投影、あるいは意図的な誘導、無意識のうちの帰属文化へのおもねり、そういうものがこの映画にはふんだんに盛り込まれていた、しかも、「これは実話です」というウソとともに。
 織田無道の除霊を何度か彼のお寺で目撃した我が輩としては、憑依について語りたいことはたくさんあるが、織田無道があれほどに金に執着することなく、しかも顔があれほどに濃くなければ、織田無道の除霊譚もまたエミリー・ローズと同工異曲となり得たかも知れぬとも思った次第である。
 さて、エミリー・ローズを観ながら、思い出したことがあり、我が輩はそちらのほうが気になってしかたがなかった。それは「闇の力」という言葉である。
 今から20年近く前になるだろうか、『チベットのモーツァルト』でニューアカの旗手と言われていたころの中沢新一さんを取材したことがあった。オフレコでいろんな興味深い話をしてくれたのだが、その話の中に「闇の力」という言葉が出てきたことを思い出したのだ。中沢新一さんはこう言った、「闇の力と僕が戦わなければならなくなったら、僕は戦う」、一言一句正確ではけしてないが、そのようなことを語っていたのを思い出したのだ。
 映画『エミリー・ローズ』では、悪魔たちを闇の力として牧師が言及するわけだが、もちろん、中沢新一さんの闇の力とイコールではないにしても、突然に思い出し、ちょっと気になり始めたのであった。うむ、これは単行本の企画になるぞと。

太田穣

dimanche, avril 02, 2006

樹林杯血戦録[Hitoshi Oba]

(前回のあらすじ:去る三月二十五日の土曜日、全世界十億人の囲碁愛好家が注視する中、第三十八回樹林杯争奪囲碁選手権戦が開催された。全国百五十三万二千五百八十三人のアウレリウス・ファンの期待を一身に背負い、オーバは会場に向かった。右肩が故障、言ってみれば晩年の星飛雄馬みたいな状態ではあるのだが、大義の前ではそんなことなど構ってはおられぬのである。十二時過ぎ、ついに試合開始! 会場の緊迫感も最高潮に達した中、オーバはおもむろに碁石をつまみ上げ……血湧き肉踊る次号を待て!!)

 しかしねえ…、見当外れと申すべきか「これでもお前はホントに出版関係の仕事で飯を食ってるのか!?」と問い詰められれば一寸お返事の差し上げように困ると言うか、そんな駄文を毎回草している身としても、今回のタイトルはいくらなんでも安直過ぎやしないか、と一応は首を捻ってみるのである。
 けれども再三申し上げているようにオーバの本業は碁打ちであるのだからして、文章なんかいくら下手糞だって全然構わないのであった。ましてやタイトルなんざあ、せいぜいが広告屋風情にでも考えさせておけば宜しいのである。「〜屋風情」という言い方だって好ましくない表現であるらしいのだけれども、そんな事いくら知っていたって碁は強くならないのである。
 樹林杯争奪囲碁選手権戦においては、各選手が四局打つ。その成績は国際的大会の常として「スイス方式」という高等数学の深奥を窮めた南蛮渡来の秘術(オーバは何度説明されても理解できない)によって決せられる。まあ、四戦全勝しないと優勝、入賞などは難しいもののようなのであった。
 オーバの第一局のお相手はYさんという初対面の方。ザル碁とは申せ、初めての方とお願いする場合には相当に緊張をばするのである。で、慎重を期し、というかオッカナビックリで打ち進めたのだけれども。Yさんは豪腕、局面はいつの間にかオーバの最も苦手とする大石同士の攻め合いに……。幸い「目あり目なし」という奴であったらしく、なんとか辛勝。この辺、囲碁をご存じない方には分かりにくいでしょうけど、適当に飛ばしてお読みください。
 まあまあの滑り出しかと思ったのだが、第二局のお相手は久しぶりに出場された強豪TRさん。しかも何故か手合いは互先! ダミだこりゃ、仕方ない、まあ百手くらいまでに潰れなければ上出来と申すべく、粛々と局を進める。ちなみにオーバが粛々と打つというのは、おおむね一手ごとに「優しくしてくださいね」「勘弁して」「お願いだから弱い者いじめはやめて」等々の懇願を重ねるという方式である。これはあんまり上品な碁打ちとは言われにくい戦術らしいので、良い子の皆様方は真似しないほうが良いかも分からない。ところが…、このお願いを本当にTRさんが聞いてくださったらしく、なんと最終的に数目を残したのである! 多分TRさんには初勝利。舞い上がっちゃったオーバ、密かにおトイレから知り合いにメールしたりして。
 これで負け越しという比較的避けたい事態は回避されたのだからして、オーバとしては充分上等なのだけれども、なにせ百八十九万六千百十七人のアウレリウス・ファン(連勝してファンが増えたのである。有難い事である)の期待を背負う身としては、なんとか後一回くらい勝てないかな〜、とも思ったのだが……。
 第三局で当たったのが、過去最多優勝を誇る超強豪TNさんとはツイテナイにも程がある。しかもハンデはたったの二子。これはもうかなりの手合い違いなのであって、実際S塚の碁会所GYなら三子か四子の手合いのはずである。もう破れかぶれ、国敗れて山河あり、破鍋に綴じ蓋、死して屍拾う者無し、お主も悪よのう越後屋、いえいえ、お奉行様ほどではとても、これこれ、何を申して居るのじゃ、そちは、うおっほっほっ、ひっひっひ、とまあ、概略以上のような心境で盤に向かうしかないのであった。
 大体が、敵が何を考えてるのかをヘボはヘボなりに推し量りつつ打つというのが囲碁というゲームなのだけれども、TNさんくらいの打ち手がお相手という場合にはもう、まるっきし見当がつかない。おまけに大会進行上の都合から、途中で「時計」が入る! これはですね、とっとと打たないと持ち時間が切れて負けちゃうよ、という苛酷な仕組みであって、何が何だかもう、クミちゃん全然わっかんなーい、という半泣き、いや四分の三泣きくらいにはしっかりとなっていたのであった(オーバは前記S塚GYで、もったいなくも大場久美子様のお名前から「クミちゃん」というあだ名を頂いていたことがあるのである)。
 $♭!♪%#¥+*@&??★←▽……。
 あ、あ、あのう、えーん。奇跡が起こっちゃったの! なんだか分からないけど、終わっちゃったらね、あのね、クミちゃん、ちょびっと勝っちゃったの!!
 これは一大番狂わせなのであって、会場騒然、報道陣も「予定原稿差し替えだー!」「オーバのプロフィールを至急調査せよ」「インタビューとかのスペースある? いいよ、○○の糞つまらない四コマなんか飛ばせっ!!」等々と殺気立つ有様。既にして燃え尽きちゃった白い灰となっていたオーバも、これはご期待に応えてもう一局頑張らなくちゃ、と思いました。
 もしかしたら勝ったほうが優勝という注目の最終局、お相手は樹林師範格、この人の名前を知らなかったら碁打ちとは申されぬ、というやはり超強者のITさんである。手合いはこれも何故か先というチビしさ。オーバ、ITさんには正直、五子くらい置かせて頂かないと楽しく碁を打ってる、という心持には到底なれぬのである。
 実はオーバの囲碁における得意技、必殺の術というのは「ポカ」である。これでも有段者の端くれではあるはずなのだけれど、ほぼ毎局、二度か三度かは十級レベルのポカを打たずにはいられないのである。だもので、オーバの碁は見物衆には結構人気があるのだ。笑えますからね、なにしろ。
 喜んで頂けるのは嬉しいのだけれども、この必殺の技には重大な問題が一つあって、つまり殺されるのが相手ではなくて、何故か技を発揮した自分が殺されちゃうのである。しつこいけど二百万のアウレリウス・ファンが声援してくださっているのだ。今大会ばかりは涙を飲んでこの技は封印しよう、と誓っていたんです。ホントです……。
 〒#!♪%#¥℃дΠ……そうこうしているうちに早終盤、そもそもITさん相手にここまで持ったというのが奇跡再び! みたいなものなのだけれど、試みに目算してみると悪くない、かもしれない。オーバの目算というのがこれまた著しく信頼性に欠けるのではあるけれども、も、も、も、もしかしたら、ゆ、ゆ、優勝!? ボクちゃん明日から有名人? 悪いんだけどさぁ、ペラ1万以下のお仕事は受けられないの、うん。そ、オタクの編集長にもー一回相談してもらえるかなあ。あと、ノータックスやでえ、そこんとこヨロシク…みたいなぁ???
 そもそもがITさんはほぼ樹林の従業員なのでもあるからして、お客様には花を持たせなければならぬ、という事情もこれあるのであって、うんにゃ、これは事情なんてものではなく、責務、債務、厳命下る、勅を賜る、失敗したら帰ってくるな、くらいのことはある、と考えてもよいと推測してもいい蓋然性が高い、ような気がする……。
 ヴ〜むむむ、ぐぬぬー……、それが、この黄金の右腕が、ついにやりやがったのだ、グレイトでダイナマイト、ほわっつあーゆーでぅーいんぐ?的ポカを…。対TNさん戦で疲労困憊、手えの神経とドタマの神経、つながってないちゃうん、兄ちゃん、なんて言われても詮方なし、とゆー…。
 でもってさあ、ITさんってば、きっちしこのミスを咎めやがんの。ど終盤に来てガッチリ十目は超える大損、従業員としてもう少し考えてもらいたい。猛省を促したい。それとこれを見物していらした準従業員のOGさん、あなたもそんなに笑っちゃいけないでしょう?
 ああ、オーバついに散る、もうITさんじゃなくってITのデブ野郎、あんちゅうこったらするんだ、ごらあ、厨房氏ね、2チャンか俺は? いいよいいよ、ビールくでえ、ママ(富樫洋子様とおっしゃる)どーしてくれるのよ〜、オタク、従業員教育が悪いんじゃない? なんつって、カウンターに突っ伏していたんだけど。
 ところが! そこまでの経緯で優勝候補筆頭と目されていたSEさんがまさかの一敗という大波乱、でもってその摩訶不思議なスイス方式のおかげらしく、優勝が全勝のITの野郎様、準優勝が三勝一敗の拙者、という結果となったのだから、勝負という物は本当に下駄を履くまで分からないのであるらしい。
 え〜、そーゆー次第なので、御用のない向きは地下鉄虎ノ門駅下車、西新橋交差点近くの樹林という囲碁将棋スナックを訪ねて頂くと、オーバの写真がご覧になれます(やっぱ残念ではあるんだ。もし優勝してたら「御真影が拝めます」と書けたのだ!)。
 このお店、通常営業は月曜から金曜、お昼はランチ(リーズナブルなお値段で、とっても美味しいです)、でもって昼下がりから十時近くまで、好きな時に囲碁、将棋が楽しめるという誠に結構なトコロです。電話番号は「03-3580-1746」です。オーバも時々遊びに行ってます。お会いできたら喜んでお相手させていただきます。だけどホントに優しくしてね……。
 最後に業務連絡。オーバ、実は本業の他に将棋という副業がある。なもので、本月十五日の樹林杯争奪将棋選手権戦にも出場せねばならぬ。奇数月のおおむね最終土曜が囲碁大会、偶数月の真ん中くらいの土曜が将棋大会なのである。忙しいのよ、クミちゃん。そいで、両大会とも常に新しく参加して下さる方は熱烈歓迎、もしも「オーバのブログを見て来ました」なんて方がいらっしゃったら、それはもう、笑われるほど、じゃない、貴方は笑うほどの大歓迎を受けられるはずである、多分。お問い合わせは上記電話番号まで。
 それと良い子の皆様、そんなことなので引き続きオーバ先生に是非励ましのお手紙を出しましょう。ホントによろしくねっ! じゃあまた。はあと。
 
大場仁史

samedi, avril 01, 2006

日々雑記 [Miyuki Shoji]

 ずいぶん久しぶりにカゼでダウンしてしまい、何日もダラダラ休養していた。熱は出るわ内臓は熱いわ咳は出るわ喉はごわつくわ頭は痛いわ。これを薄めると花粉症になるのかなぁ、じゃあ花粉症も大変だなぁなどと世間様に思いをはせつつ1日中グッタリ眠るという行為を丸2日もやってしまった。贅沢。
 身体が熱でゆがんだようでその後もひどい頭痛がとれないので、お抱え鍼灸師に朝夕鍼を打ってもらい、高価なマヌカハニーを惜しげもなくなめて、ようやく体調ほぼ正常化と相成った次第。
 そして、そんな私の体調どころではない、前から瀕死のわがウインドウズ。どうにも買い換えの時期のようだ。
 マック一筋の太田さんから「ウインドウズの書類で、今やマックで読み取れないものはないと言っていい。それに、本作りに適しているのは(長くなるので中略)断然、マックである」と断言され、もともとはマック愛用者だったのがある日「これ使って(ハート)」とVAIOをプレゼントされたのがきっかけでしぶしぶウインドウズに転向した私にとって、心揺れる日々。
 しかも銀座のアップルセンターに行ってみたら、手頃な白いラップトップ(知っている人ならすぐわかる、一番安いやつ)のかわゆいこと。「私をおうちに連れてって。ダメ?」とケナゲな感じでお願いされている気がして、思わず衝動買いしそうになってしまった。
 しかし。モノが壊れるときは続くものだ。その理由も知りたいが、今はそれは置いておいて、北関東寄りのプチ田舎に移住した私共にとって必需品のクルマが、なんと修理不能の故障に陥り、どうしても買い換えなくてはいけなくなった。
 3年前、たった27万円で買った中古なんだから、乗り倒してもう元は取ったはずなんだけどやっぱり惜しい。そんな値段のは3年しか持たないことがわかったからもうやめるとして、新しめのものだと安くたって当然、ン十万から100万円はかかる。嗚呼、次に導入する予定だった家庭用精米機よ、低速回転ジューサーよ、さようなら。春もののジャケットよ、さようなら。
 そのほかにも突如としてやたらと物入りが重なり、天気がいいから気分はいいけど、反面とってもブルーな季節。
 ええい、気を取り直して自力整体でもしよう。妹はむくみが取れると驚いていたけど、ふっふ、自力の実力はそんなものではない。夫婦円満にも一役買うのだ。
 内臓に筋肉をつけるというところがミソで、何冊も出ている自力整体の本でもそこだけ触れていないというかぼかしてあるというか、まぁやっぱり書けないよねと思うのだが、生殖器全般もキュッとナイスに締まるわけなのだ。
 ダンナも最初、「う゛……!?」と驚いていたくらいだから、効果ははっきりしている。あ、よい子の皆さんは、お父さんお母さんに「どゆー意味?」と聞いてはイケマセン。大人になったらわかるのよ。

 さて最後に宣伝を。私が編集協力を務めたお医者さんの本が出ました。
 『NY式デトックス生活』 上符正志著(WAVE出版)
 すぐできるデトックス法、サプリメント、キレーションの最新情報をはじめ、食事のときご飯からほおばると老化が早まる、長時間寝ても疲れがとれないあなたへ、日々のケアで肌を若返らせるには……などなど、役に立つ抗加齢情報がわかりやすく満載されております。よろしければぜひ、書店でお手にとってみてください。

庄司みゆき