samedi, décembre 31, 2005

隠居の青空[Hitosh Oba]

 7月22日、杉浦日向子さん死去。46歳……。
 これが今年の極私的トップニュースかもしれない。
 私は同じ年生まれなのだが、杉浦さんは93年に漫画家を引退、「これからは隠居として生きます」と宣言されたときには、けっして勤勉なサラリーマンではなかった私でも、なんでこんなに早く、といぶかりながらも、うらやましいと思ったことを思い出す。
 なにしろ世の中には、誰とはいえないけれど、「なんでいつまでも描いてるんだ!」と問い詰めたくなるような作家、作品が山ほどあるのだから。
 おっと、いけない。希代の粋人、杉浦さんを追悼する場でこんなことを書くのは野暮というものだろう。
 この間、筑摩書房の松田哲夫氏の追悼文を読んで初めて知ったのだが、実はその時にはすでに血液の免疫系の難病を患っておられ、体力的に漫画はもう無理、という事情があったらしい。だが、そんな暗い影を微塵も感じさせずにその後の人生を悠々と生きられた。そんなこととも知らない一ファンとしての私は、杉浦漫画の新作がもう読めないことは残念に思う一方で、「隠居道」の先達として杉浦さんを仰ぎ、エッセイなどを楽しみながら「理想の人生」に想いを馳せたりしていたのだった。
 2003年にはさらに癌を発病……いいふるされた言葉だけれど、神様はあまりに残酷だ。二度目の手術で声を失われたが、死の直前まで家族、友人たちとファックスで楽しく会話を交わされていたらしい。
 本当に上品で、そして強い人だったのだと思う。
 杉浦漫画で一番好きな作品は、と聞かれれば、『とんでもねえ野郎』(現在、ちくま文庫)と答えたいと思う。これが彼女の最高傑作とすると随分異論はあるだろうし、私も必ずしもそう思っているわけではない。
 ただ、この作品の「抜けのよさ」「ぶっとび感」はただごとではないと思えるのだ。多分、杉浦漫画としては最後期の作品。鑑賞するには邪魔なだけなのかもしれないのだけれど、先述のような事情を知ってあらためて読み返してみると、もしかするとこれは一種の遺言だったのかもしれない、とすら考えてしまう。
 一応、連作短編集なのだが、話らしい話があるわけではない。幕末の貧乏御家人、桃園彦次郎がのらりくらりと爽快なまでに無責任で楽しい日々を送っている、というだけのお話。なぜか奥さんは美人だし遊郭でももてるのだが。
 しかも暇にあかせて、もとは女郎屋という家で「真武館」という道場を開いたりしている。もっとも門弟はすべて近所の町人のガキ。たまに勘違いした侍の子が来ると「剣道〈やっとう〉なら他所行きな」という始末なのだが。
 ここまで書いて『ぶらり信兵衛道場破り』というテレビドラマが昔あったのを思い出した。高橋英樹演じる浪人の信兵衛さんは長屋暮らしのぐうたら者にしか見えないのだが、実は凄腕。で、金に困ると道場破りをやるのだが、そこからがおかしい。信兵衛さん、けっして勝つわけではないのだ。なにしろ凄く強いから道場主をあっという間に壁際まで押し込むのだが、そこでひそひそと商談をする。毎回「もう一声!」とかいっていたように思うのだが、商談がまとまるやいなやこの信兵衛さん、大声で「参りましたあ」といって道場の真ん中でおおげさに引っくり返ってしまうのだ。その辺のテンポが絶妙で、毎回大笑いしながら見ていたのを思い出す。
 ところが彦次郎は強くすらないのだ。困ると「ばひーん」とかいう擬音とともにひたすら逃げるだけ。そもそも刀も竹光である。その逃げっぷりがいっそ爽快、というようなもので……。そしてなぜかこの作品の世界はいつでも青空、という感じがする。「人生なんてこんなものよ」とまでいってはいい過ぎか? とにかく読むたびに楽しませ、うらやましがらせてくれる不思議な作品なのである。
これまでロクな仕事もしてこなかったくせに勝手に杉浦さんを隠居の師匠と仰いできた私は、これからも彦次郎を人生の理想として生きたい、と思うのだ。
 なんだかまた、「営業」に差し支えるようなことを書いてしまった。でも真面目だけが人生ではない。妙に真面目過ぎる奴がいると周りが大変迷惑するというのはよくある話で……などとまた分かったふうなことを書いてしまう。どうもいけない。
 それでは皆様、良いお年をお迎えください。
 新春を寿ぎながら読むのにも『とんでもねえ野郎』はぴったりの作品だと思います。

大場仁史

jeudi, décembre 22, 2005

デトックス生活……のはずが、パリ [Miyuki Shoji]

 関東一円、晴れてはいるが、ずいぶんと風が強い日である。自力整体のことばかり書いていると飽きてくるので、他のメンバーのエキサイティングな文章を見ながら、思いつくままにつづってみることにしませう。

 パリといえば。その昔、私はほんの限定一時期のみ、煙草を吸っていた時期がある。なぜかジタンである。うーん、ジタンをえらんだ理由など全然思い出せないほど昔なのである。
 で、パリの街角で、ほかのカッコイイ老女なんかと一緒に、信号待ちの間、バッグからくしゃっとなったジタンの箱を出し、火をつけてふかしてみた。
 同じ通りをゆっくりと歩いてきた、大きめのハンチングを斜めにかぶった背の低い中年オヤジが、私の脇に立ったと思ったらウインクしてくるではありませんか。「チッチッ、あなたのようなマドモアゼルが、そんな強い煙草を吸っちゃいけないよ」だって。
 フランス語は挨拶くらいしかできない私が、なぜオヤジの言っていることが一語一句わかったのかは不思議であるが、何しろパリですからね。

 また別の時期、エールフランスを使って欧州に発ったときのこと。
 離陸してすぐ、前のほうで、シャンパンを注いでまわっているではありませんか。
 シャンパンが大好きな私は、アテンダントに、「そのシャンパン私にもちょーだい」とお願いしてみたのである。ずいぶん図々しいなぁ。今よりずっとオバサンくさい。
 彼はちょっと困った顔をして、「これは、結婚のお祝いなので」と教えてくれた。新婚さんをかこむ親族旅行だったらしい。
 なので、「あっそうか、では、買いますからお願いします」と、改めてフライトドリンクをオーダーした。
 ヴーヴ・クリコのイエローラベルだったでしょうか、アテンダントが「どうぞ」と恭しく持ってきてくれた。機内で飲むシャンパンは、ことのほかおいしいのである。「ご結婚おめでとうございます!」と、お祝い気分。
 白茶色の髪、青い目をしたアテンダント(年配だったから、パーサーかな)に「メルシ。おいくら?」と尋ねると、「ノンノン。お金は要りません」という。「むむ? どうして?」と聞いた答えがふるっていた。
 「びっこーず、うい・あーる、エールフランス!」。すごいフランスなまりの英語で、胸を張るのである。答えになっていない気がするが、仕方ない。何しろ、フランスおやじですからね。

 そんなパリの魔法に、太田さんもかかってしまったのでしょうか。

 あ、健康取材の話を書こうと思ったら、フランス小話に終始してしまいました。まあいいか。

庄司みゆき

mercredi, décembre 21, 2005

捨てる![Izumi Shoji]

 告白しよう。片づけられない件では、私は大場さんに負けてない。なんなら勝負してもいい。次のミーティングでは仕事机の写真を見せ合いましょう! 年末だしどうかしなきゃと思ってはいるのだが、手をつけるとおおごとになりそうで。見て見ぬふりだ。
 見てみぬふりと言えば! 最近気づいた。「またしてもマルマンストアにつぎこんだ....」と自己嫌悪に陥らない対策。あとでレシート発見するからいけないわけだから。捨てればいいのだ、捨てれば。もらったらすぐ、マルマンストアのゴミ箱にポイッ。3日前から実行してるが、おかげでストレスが減った。ヤレヤレ。

 さて、片づけベタな私ではあるが、“捨てる”のは得意。ずっと前“捨てる”カリスマに取材して以来、1年以上触れなかったものは捨てる、あかずの箱や引き出しは、中身を見ずゴソッと捨てる(なぜなら今まで必要なかったものは、これからもほぼ100%必要ないから)など教わった通りの方法を実行中。おかげで片づけがダメでもゴミ屋敷にはなってない。カリスマが提唱してない、私オリジナルの裏技もある。シラフだとチマチマ中身を確認したくなるから、酔った時にやるのだ。気が大きくなりますからね。ガンガン捨てられる。酔いつぶれて寝ただけ、のつもりなのに。目が覚めたら部屋がきれい。ミラクルです! 忘年会シーズンの今こそ、ぜひお試しあれ。

 あと年末ですから、体の不要物も捨てませんか? というのが今回のご提案。もっとふっくらしないとお色気が...、という私も、時に突然体重が増えることがある。女の敵、ムクミや便秘のせいである。丸みはほしいが、むくんで足がだるいのはイヤ、お腹パンパンも不快だ。そんな時の奥の手を紹介しましょう!
 方法は簡単。一食だけ、塩を抜く。調理に一切塩を使わないの。これでお手洗いが近くなり、ムクミはすぐ治る。数時間後には便秘もスッキリ。昼食に塩抜きすると夕ご飯前には体重が1キロ、時に2キロは確実に減る。
 理由はわかりません。取材で教わったわけではない。ある日「塩はいらない」気分になり、味つけなしの野菜パスタを食べたのがキッカケだ。ダイエット記事を何十回も書いたが、これほど効果が早かったことはない。カリウムとナトリウムのバランス? 謎だが、おすすめです。
 量は山盛り食べてください。食べた方が効果が高い。おすすめは丼いっぱいの蒸し野菜+ライス。無塩トマトジュースをスープにしてトマトラーメンなんてのもグー! 炭水化物やオイルを控えなくてもオッケーです。
 ただ、すすめておいて実はイマイチ自信がない。私だけの特異体質かも....。もともと塩に敏感で外食はしょっぱすぎて口内炎ができるし、ラーメンのタレも1/3しか使わない。それでも足が倍にふくれるくらい、塩に弱いのだ。
 でも! もし実験して、ムクミがとれたり体調がいい人がいたらお知らせください。研究して「塩抜きダイエット」って企画立てます。あ。あと2食以上は続けないこと。塩も体には必要らしく、続けると力が出なくなるのでご用心。それから解消するのはムクミと便秘だけ。体脂肪は落ちませんのでご了承くださいませ。

庄司いずみ
 

mardi, décembre 20, 2005

歳末のバイオハザード(!?)[Hitoshi Oba]

(前回のあらすじ)オーバは十年近く前、早稲田にある予防衛生研究所(略称・予研)に取材に行った。取材をさせていただくK先生はとっても怖そうである。大体、予防衛生研究所そのものが、考えてみると怖いところのような気がする。小心者のオーバは、知っているかぎりのお祈りの文句をつぶやきながら早稲田へと向かったのであった。

トートツですが、ゾンビってありますよね。人はいかにしてゾンビとなってしまうのか、皆様ご存じでしょうか。私がテレビ映画を見たところでは、あれは「悪霊の細菌(!!)」に感染しちゃった人がなるのである。「悪霊の細菌」って、あなた、ドストエフスキーもビックリですなあ、などとテレビを見ていたときには一人で笑ってしまったのだが……。
冬の日の夕方、予研のインインメツメツ感が漂う薄暗い廊下(記憶では、もうすっかりそういうイメージになってしまっている。もし関係者の方がご覧になっていたら申し訳ありません)をトボトボと歩いていると、次から次へと怖そうな名前の部屋が並んでいる。「結核菌研究室」「エイズ研究室」「外来感染菌研究室」「悪霊菌研究室」(だから、そんなものないんだってば)等々。
そういえば予研まで来る道のあちこちに「P4施設反対!」なんて看板がいっぱい立ってたっけ。「P4施設」というのは、物理的封じ込めというもので、要するにヤバイ菌が研究室から出てきちゃうのを、気圧の差などで防ごうというもの。厳重さには4段階あって、「P4」というのはその最強レベル。うわあ、あそこでは一体全体どんな恐ろしい研究が行われているのじゃあ!? 一応、科学分野を担当していたくせに頭の中は小学生レベルのオーバは、すでに着く前からビクビクなのであった。
で、建物に入ってみれば、先に申し上げたような怖そうな部屋が延々と続く。目指すK先生のお部屋はなかなか見つからない。そのうち遠くでお寺の鐘がごぉ~んと鳴って……。
お寺の鐘はいくらなんでもウソなのであるが、かわりに突然、廊下のあちらこちらから、ガラガラッ、ゴォーという音が聞こえてきた。音だけでも怖いのに、見ると白衣にマスク、ゴーグルという恰好の人たちが突進してくるのである。試験管なんかがいっぱい乗ったワゴンを押しながら。顔つきも、どう見ても尋常ではない! とっさに思いました。
「出た~! バイオハザードぢゃあ!!」(←「ふるやのもり」かい!)もう、悪霊の細菌なんて笑っている場合では全然ないのであった。
突進してくる白衣のワゴン軍団からなんとか逃げようとするのだが、なにしろあちこちからワゴン軍団は湧いて出る。心境としてはもう完全に、楳図かずお先生のマンガの登場人物である。ギザギザにふちどりされた「ギヤアアアー」という悲鳴を発しながら走り回っているうちに、やっとK先生の部屋が……。
飛び込んだオーバは顔面蒼白、唇をわななかせながら、「せ、せ、先生、ろ、ろ、ろ、廊下で起こっているのは、あれはいったい……?」
するとおもむろに振り向いたK先生、「知っていますよ、こんな風じゃなかったですか」……見るとK先生はすっかりゾンビになっている!
なんてことももちろんなかったのであるが、こちらのあまりのあわてように、初めはK先生も怪訝そうな顔つきだった。だが、オーバのしどろもどろの説明を聞いているうちに、豪快に笑われ始めたのである。
「ああ、あれね。大掃除だよ、大掃除。君はいったいなんだと思ったの」
はぁ? あれは歳末の恒例行事だったわけ? そういえば物理的封じ込め設備があるようなところで事故があったとしても、試験管持って走り回ったりするわけないか……約30秒の沈黙の後、ようやく真相が理解できたのだが、まさか「ゾンビになっちゃうと思ってました」ともいえず、そのときどんなお返事を差し上げたかも記憶にないのである。で、その後の取材の有様は前回書いた通りでありまして。
今では笑い話ですむが、あのときはホンットーに怖かったのである。生涯の「背筋が凍る思い」でも、ベスト5には確実に入るような気がする。実は今でも1年に1回くらい、そのときの夢を見ちゃうのである。

長々と書いてまいりましたが、要するに今回のワタクシのメッセージは「皆様、大掃除はおすみでしょうか」ということです(すみません、すみません。もうこんなことは二度としません。誓います。誓えそうな気がします。多分誓えるでしょう。誓えるんじゃないかな)。
我が家はといえば、これもいつか書いたように、オーバには片付けるという能力が、多分先天的に欠如している。机の上を片付けると、かわりに周りが散らかるというあんばいで、もう掃除ということについてはほとんどさじを投げている。ましてや大掃除なんて、思いもよらないことなのでありました。

寒い日が続きますが、皆様、元気に歳末を過ごされ、良いお年をお迎えになれますように。失礼いたしました。

大場仁史

lundi, décembre 19, 2005

ア・パリ[Ota]

「はてしない物語」論については別のページを新たに設けることとしたので、きょうは違う話を。
 名古屋のトヨタ博物館から仕事を仰せつかり、いま、80年代の若者風俗にまつわるいろんなものを集めている。なぜ、トヨタ博物館と80年代かということについては、お許しが出たらお話しよう。
 とにかく当時の雑誌を集めようと、吉祥寺にあるブックステーションという大きな古本屋さんに出かけた。雑誌が充実という評判通り、ポパイやホットドッグプレスを始めとした男性誌がズラリ。僕は自分がかかわっていたころのホットドッグプレスはすべて手元にとっておいたのだが、事務所の移転や個人的な引っ越しという移動が相次ぐうち、雑誌類の重量がうとましくなり、捨てたり、人にあげたりで、今は一冊も無い。だから、その古本屋の棚に年代順にきれいに整列していたホットドッグプレスを見て、懐かしさに胸が躍った。
 数冊を購入したのだが、その中に、僕が生まれて初めて飛行機に乗ることとなった特集記事を掲載したものがある。それは僕が30歳前後のことだったろうか。
 それまで飛行機に乗ったことのない僕だったが、出発の当日朝までホットドッグプレスの編集部で原稿を書いていたので、不安も感慨も感じる余裕もなかった。ほぼ徹夜の状態でロケバスに乗りこむと成田に向かった。行き先は、そう、秋のパリである!!
 タレントの山田五郎さんが「応援メッセージ」に書いてくださったごとく、僕は山田五郎さんらとともにパリへと取材旅行へと旅立ったのだ。日本航空とのタイアップだったから、なんと、ビジネスクラス。後ろのには、パリのロケに向かう古手川祐子ら芸能人ご一行様が座っていた。
 給油のために機はモスクワに立ち寄った。当時はまだソ連崩壊以前で、巨大な空港ビルの中は暗く陰鬱だった。銃を肩にした兵士の姿が目立ち、最初は少し緊張したが、彼らは女性兵士とタバコ吸いながらダベってばかりいたりと、彼らがまったくやる気がないのを知ってズッコケた。空港内で僕はレーニンの絵が描かれた安物の腕時計を買った。いかにもソ連という「ダサ構成主義&キッチュ」なデザインだった。売り子の女性は美しかったが、終始、完全に無表情のままだった。
 ドゴール空港に着いたのは夕方ごろだったろうか。
 空港では、ジェレミーというコーディネーターの青年が僕らを待っていた。ブラウンの巻き毛とごつい顔の違和感が特徴の面白いやつだった。もちろん、日本語はペラペラ。おまけにイギリス人だから、英語だってペラペラ。頭も良くて、性格もいい。最高のコーディネーターだった。
 空港から市内へ向かう高速を、ジェレミーが僕らを乗せたフォードのバンを駆る。メンバーは、僕、山田五郎さん、カメラマンの佐々木教平さんとアシスタントさん、スタイリストの直井君、ライターの小根山君の6名。珍道中の始まりである。
 途中、その夜のニュースで近年最悪と報道されることになる追突事故を目撃。高速の下り車線に何十台ものクルマが玉突き状態になっていたのだ。
 ホテルは凱旋門近くであった。
 バンを降りた。暗い雲が重くのしかかり、肌寒い初めてのパリは、まるで異なる星にやって来たようなほど、すべてが日本とは違って思えた。
 ホテルは小さく、ヨーロッパの古い建物によくある、後から無理矢理押し込んだ、3人も乗れば身動きがとれない小さなエレベータに、僕はまずビックリした。
 それぞれ部屋に行く。僕は山田五郎さんと一緒の部屋だ。そして、パリで最初の食事の後(どこで食べたのだろう、記憶がない)、くつろぐまもなく、僕は仕事に取りかかった。そうである、締め切り迫る原稿を僕はパリまで持ってきていたのだ。
 僕はホテルの小部屋(たぶん、ナイトポーターの休憩室か?)を借りて、そこで持参した富士通オアシスliteのカバーをパカッと開け、キーボードをパチパチとたたき始めたのである。他のメンバーはもうベッドでぐっすり眠っている。ひとり僕だけが、また徹夜だ。しかも、パリで……。トホホ。
 この話、長くなりそうなので、また次回。













←これがパリ取材の成果である第二特集の扉だ。かっこいいなあ、このモデルの男の子。現地で100人近いモデル(半分以上が素人だった)をオーディションして選んだ一人だった。




太田穣

mercredi, décembre 14, 2005

油揚げ[Izumi Shoji]

 まだみなさんに打ち明けてなかったことがある。
 私が原稿料を注ぎ込んでるのは、マルマンストアだけじゃない。実はもう一軒、ほぼ毎日通いつめてるお店があるのです。風間豆腐店だ。昔ながらの店がまえの小さなお豆腐屋さん。お豆腐はもちろん、揚げ物が達人ワザで。風間豆腐店のほどふっくら揚がった油揚げは、これまで見たことがない。
 そして、(ここがミソなのだが)お人柄のいいおじさんが、油揚げを一枚買うと二枚、二枚買うと三枚包んでくれる。がんもどきも同じ。三個買うと四個、四個買うと五個。義理堅い私はそれですっかり手なずけられ、お豆腐も揚げも豆乳も、そこ以外では買えない体になってしまった。マルマンストアでも扱ってる高級ブランド、三之助豆腐もたまには食べたいが。操は守り通しますッ!
 でもね、手なずけられてるだけに、遅い時間に油揚げが残ってると気になって。「今日はお豆腐だけ」と決めてても、つい「揚げも三枚ください」と言ってしまう。すると六枚くらい入れてくれるから、当然食べきれない。そんなわけで、うちの冷蔵庫の冷凍室は油揚げ専用スペースと化している。このことを家族は知らない。ホホッ、女にはいろいろ秘密があるのです。(もうちょっとかっこいい秘密も持ちたいものである)

 前置きが長くなったが、安房直子はご存じだろうか。たいそう美しい物語を書く童話作家だ。たくさんの作品を残しているから、なかにはアレレってものもあるが....。名作も数多く、『花豆の煮えるまで』は、1ページ立ち読みして即購入。挿絵つきの子ども向けの本を、いい大人が電車の中で読みふけってしまった。ドキドキするほどきれいなお話だから、機会があったらぜひお読みくだされ。
 その安房直子さんの作品に『ねこじゃらしの野原』というのがある。小さな子向けのチャーミングな物語で、お豆腐屋さんが主人公。その中に自転車でラッパ吹いて売り歩く場面があり「こういうのいいなあ」と思いながら読んだ。
 若輩者(!)のワタクシは、豆腐屋のラッパは聞いたことないが、旅先の金沢でリヤカーでお豆腐売ってるおじさんにうっとりしたことがある。なんてすてき! ラッパが聞こえたらお勝手から鍋を片手に飛び出して、「お豆腐一丁くださいな」って言ってみたいもんだ。
 でも、今の時代でも、いや今の時代だからこそか。リヤカーひいてラッパを吹き、お豆腐を売り歩くお商売があるそうな。新聞で見たのだが、記事によると大量に売り子(?)のバイトがいて、世田谷区あたりを売り歩いてるらしい。じきこの近所にも進出してくる!? とすると、鍋片手に飛び出すのも夢じゃないのかも.....。
 でも、もしいつか夕暮れ時にラッパの音が聞こえても。私はきっと買わないだろう。風間豆腐店のおじさんに悪いから。油揚げのご恩は決して忘れない。冷凍庫にいっぱいのお揚げだって、いつか必ず食べきりますとも!

庄司いずみ

mardi, décembre 13, 2005

聞き書きについて[Hitoshi Oba]

 養老孟司『こまった人』(中公新書)を読む。と、読み出した途端にドキッとすることが書いてある(巻頭「本と商売」という章)。
 超ベストセラー『バカの壁』(新潮新書)が聞き書きによって作られたことは、ご存じの方も多いと思います。これは余談ですが、2003年4月の刊行以来の同書の累積部数は400万部! 新潮社はこの大儲けで箱根に山荘を建てられたとのこと。その通称が「バカハウス」だそうで……(この情報は内田樹先生のブログより)。バカでもアホでも基地外(呉智英先生の用語)でもかまわないから、あやかりたいものですね。
 で、ここからが本題。養老先生はこの本が聞き書きをした人の有能さに負うところが多いと述べられる。ここまではいい。恐ろしいのはそれに続いて「この『起こし』(話を文章に起こした原稿)が上手だと、私はたいへん楽である。下手だと、はなはだ腹が立つ。実情はといえば、下手が八割、上手が二割である。もっとも下手な人は自分が下手だとわかっていない」!!
 私も在職中は、硬い分野では自然科学やハイテクの先生、やわらかいところではコミックPR誌でマンガ家の先生方などの聞き書き原稿を作るという仕事を結構やったもので、実はまあまあ面白い原稿ができる打率は七割程度、などとうぬぼれていたのである。もっとも400字詰でせいぜい十数枚という程度の分量が大半だったから、あまり失敗のしようもなかったということもあるのかもしれないけれど。それでも先の文章を読むと、とたんに自信がなくなった。
 送った原稿にそれほど沢山赤が入って戻ってきた記憶はあまりないのだけれど、とくにマンガ家の方は多忙な方が多く、もしかすると「どうしようもない原稿だけど、仕方ないか」と放置されたという可能性も考えなければならないのではないか……。

 ここまで書いて、一番怖い思いをしたことを思い出しました。今を去ること十年近く前のちょうど今くらいの季節。早稲田にある国立予防衛生研究所(現国立感染症研究所)のK先生にお話をうかがいにいったときのこと。テーマは「エボラ出血熱やマールブルグ出血熱など、エマージング・ウイルスの爆発的な流行とその背景について」というようなもの。
 そのときはあらかじめ「こんな感じでお話を進めていただくのはいかがでしょう」という趣旨のメモを用意していったのだが、それを見るなりK先生、「これは自然科学じゃない!」とおっしゃるやいなや、メモ全体に×印を大書されたのだった……。ガーン、それは焦りましたよ。頭の中が一瞬真っ白。で、恥ずかしい話なのだが、その後の記憶がほとんどない。
 それでもK先生は見た目も怖いけど根は優しい先生で、なんとか記事はできた……はずだと思うのだけど。

 こんなことだと、やはり養老先生による「下手が八割」の部類なのかもしれない。なんだか先週に続いて営業に差し支えそうなことばかり書いてるんですけど。

 ところで、この予防衛生研究所の取材では、実はもう一つ、とっても怖いことがあったのでした。
 それについては、次週!
 血の凍るような話を待て!!

 大場仁史

lundi, décembre 12, 2005

「はてしない物語」論-3[Ota]

「はてしない物語」──つまり、匿名の無数の人々によって紡がれる集合的な、そして原則として終わりのない物語。そのインターフェースは次のようなものになるだろう。
 一つの断片は文字数200字程度。それが1枚の紙に記される。
  発端は絶対だ。変えることはできない。その発端の200字が書かれた紙が虚空に浮かんでいる。最初の書き手はこの紙をクリックする。すると、その発端の1 枚目が手前に移動し、その背後に2枚の紙が並んで現れる。書き手はどちらかの紙を選択し、そして物語を書く。200字以内で。
 書く行為はこの連 続だ。書くためには物語の先端、枝の先に行く必要がある。最後は必ず1枚の紙となる。その背後には虚空がある。最後の1枚、あるいは先端の1枚をクリック すると、白紙の紙が2枚出てくる。どちらかを選択して書くのだ。もし、先客がいたなら、2枚の紙のうちのどちらかに、彼の書き記したものが表示されている ことになる。すると、おのずと残った1枚の白紙のほうを選択することになる。あるいはまた、その書き記してあるほうの断片を選択し、その続きを書くかであ る。そちらを選択すれば、また、新たに白紙が2枚並んで現れる。
 書くためのインターフェースはシンプルだし、それほど難しいものではない。たいへんなのは、巨大なツリー構造になっている物語をどのように表示するかだ。
  おそらく3Dのファインダー・タイプのインターフェースがベースとなる。つまり、空中に紙が整然とツリー状に立ち並んでいるのだ。その空間を自在に読者は さ迷うことができる。ただし、そこにはルールが必要だ。それはワープを禁じるということ。だから、現実の都市をさ迷うことに似て、1本の道に入ったなら、 そこから出るには道の入り口まで戻らなければいけないということだ。
 まず、この空間的なインターフェースが基礎的なものとして一つある。
  これだけでは足らない。ツリー構造の全貌を俯瞰するインターフェースが必要だ。これも単純に鳥瞰図でよいのだ。ただし、その鳥瞰図の中の樹木の枝は、その スレッドに応じて、色彩が変化している。無限のスペクトルをつくらなければならないほどに、微細に変化させないと、色数が足りなくなるに違いない。
 そのツリーのノードとなるところにマウスを持って行くと、紙がポップアップして物語の断片が現れる。これをクリックすれば、3Dファインダー式のインターフェースに変わる。
  以上が基礎的なアイデアである。だが、もちろん、これだけではツリー状のデータベースの閲覧を二つのしかたでするだけのことだ。カードを1枚1枚めくりな がら読むか、カードを全部並べて、ここらへんを調べようとあてずっぽうで読むかだ。だが、この「はてしない物語」は、もっと生々しくあるべきだ。新宿歌舞 伎町のように、危険や猥雑さが染み出て発光するような、そんな生々しさが必要だ。そのためにはどんなインターフェースが必要なのか。これについては、ま た、あとで。
 それからもう一つの課題。
 ツリー状の物語の場合、当然のことだが、そこに無意識のうちに時間の流れが忍び込む。発端が過 去で枝の先が現在だ。たとえ、発端より過去のことを語っていたとしても、それは「現在において過去を語る」わけで、時が逆流するわけではない。だが、僕 は、時制も空間の束縛も越えた物語を読んでみたいのだ。それにはこの体系をリゾーム状にする必要がある。そうすることで時間の流れが破壊されるのだ。
 少しずつ、このアイデアについても書き続けていこうと思う。きょうはこのへんで。









←これはMac用のFinderscapeというアプリケーションだが、僕の考えるインターフェースはこのような3次元ブラウザーがベースだ。それにしても、このワイアーフレームのデザインはいただけないなあ。


太田穣

jeudi, décembre 08, 2005

整体日記 [Miyuki Shoji]

 自力整体をやっていくと何がわかるか。それは、自分の“中身”がだんだんとdefineされてくる感覚。氷の塊は、水に入っているとはっきりとは見えないながら、「だいたい四角だな」と思っていたのが、引き上げてみれば「あれ、意外と丸っこい」「こんなでこぼこがあったんだ」とわかるが如し。

 何しろ最初は、「こういう形でほぐしてみましょう」の“こういう形”ができず、それでも気持ちがいいので適当に続けているうちに、流動的ながらだんだんと「自分にとって必要な形」ができてくる。最初、あまり感じなかった動作でも、日に日に響くようになるのがうれしい。これは、美しいヨガやおもに運動筋肉を刺激するストレッチとも違う、からだの深部に作用する流れのようだ。
 たとえば、肋骨の開き方のチェックをしてみると、左右の感覚がずれていた私が、それでも少しずつ肋骨を広げる動きをやってみているうちに、肋骨より奥のほうに、ある感覚が湧いてきた。軽い疼きのような、成長痛に似た痛み。特に不都合もないのでさらに続けていると、ある時を境に、急にずっとラクに動くようになった。その結果、私の場合「えー、肩が凝ってたのは知っていたけど、これってもしかして、肩の関節も固かったの!?」というような、“自分を知る”ことにつながっている。
 これは、自分でやるのがポイントで、他人に施術してもらっていると「ほんのちょっと違うなぁ」という場合、なかなか口に出せないが、自分で動かしていると「ほんのちょっと違う。じゃ、これでは?」と、適宜その場で試してみることができる。多少痛くても、気持ちのいい痛みならOKだし、ヤバい痛みが起きそうならすぐに止める、微妙に方向を変えてみるなど自由自在。揉み返しなど無用の疲れとも無縁だ。
 そんなふうにからだ全体を揺りほぐし、本来持っているのに封印したり、カチコチに固まっていたりする自然治癒力がゆるんでくると、さまざまな変化に直面することになる。

 小さな例でいくと、先日行った葛飾北斎展。日本の美術展はどこもそうだが、平日だというのに芋を洗うほどの混み具合、よく見たい画には、腹を据え時間をかけて近づくしかない。1時間半だか2時間もそんな挌闘を続けていると、散策の2時間と違ってへとへとに疲れてきた。ここで「もういいや」と諦めるのが今までのパターン。
 しかし、ふと気づいて「ちょっとシメてやるか」と意味不明のかけ声を自分にかけ、肋骨を引き上げて骨盤を下げてみた。するとオドロキ、具合が悪くなる一歩手前の感覚がすいっと消えた。
 平たく言えばお腹をタテに伸ばすだけなのだが、“内臓に筋肉がうっすらついてきた” のがわかる一瞬だったし、“自分で対処した”事実は、とても気に入った。自力整体の特徴のひとつに、スポーツに使う運動筋肉ではなく、内臓を支える筋肉がつくというのがあるから、私のやり方は間違っていないのだ。
 また、「何となく調子が悪い。カゼっぽいのかな」「今日は何もしていないのに疲れてるなー」といった、ぼわんとした“病気ではないのに不調”症候群が、「ん? 腰の右側の奥に違和感」「肩甲骨の内側が冷えてる」と、これまた“氷を水中から引き出す”ように、かなり明確にわかるようになってきた。さらに修行(?)を続ければ、“そのためにはどうしたらいいか”、“症状が出ないように日頃から整えるには”などの整体力も体得できそうだ。楽し~い!!

 しかし、自力整体の影響は、身体面だけにとどまるものではなかった。

庄司 みゆき

mercredi, décembre 07, 2005

ひよこちゃん土鍋[Izumi Shiji]

 みなさーん! “ひよこちゃん土鍋”はご存じですか? チキンラーメン一個と土鍋がセットになった、期間限定商品である。私はベジタリアンだからチキンラーメンは食べないのだけど、思わず2個も買ってしまった。これです! 中身は娘に食べてもらって、土鍋は私のもの。土鍋とチキンラーメンで379円。これはお買い得!
 ところで、この土鍋を見せびらかしたら、夫に言われた。「そんなもの買うから、マルマンストアに3983円とかになるんだよ」。
 一応「そうだね、アハハッ」と答えておいたが、ちがーう。夫はまだまだ甘いのだった。ひよこちゃん土鍋はマルマンストアじゃなくて....。「ショウガ買い忘れた」と立ち寄ったセブンイレブンで見つけたのだ。つまり、379円×2+ショウガ代はマルマンストア外の出費。このほか、その日は午前中に東急本店でもお買い物。うう....、トータルいくら? 怖ろしい。中村うさぎさんみたいにおシャネルにでもつぎ込むなら、浪費もネタになるけれど。マルマンストアではしゃれにもならない。もういい加減にしたい。(←“したい”だけで“しない”ところがミソですね)

 で、土鍋。こんなもので一人湯豆腐でもしたいくらい、急に寒くなった。真夏生まれの私は冬は苦手。しかも風邪までひいて気分は最悪、冬眠したい。
 でも、寒い季節ならではのいい話もある。それは、基礎代謝が高まること! お正月太りなんて言葉があるほどで“冬=太る季節”は定番イメージ。ところが実は逆なのだとか。
 冬は寒い。だから体温をあげて体を守らなければならない。体温あげるにはエネルギーが必要だ。つまり.....、同じだけ食べていても、夏より春より秋よりも! 真冬はバンバンエネルギーを消費するわけ! エネルギーの無駄遣いですね。前に取材した、冷え症研究の権威の先生から聞いた話だ。
 よりエネルギーを浪費するには、暖房ガンガンきかせたりせず、ブクブク厚着したりせず、寒さに身をさらしたほうがいいのかも。冬の朝窓を開け放ち、乾布摩擦なんてよさそう。寒中水泳なんて最高だ。勇気のある人はやってみてください。
 でも、私はダメ。文武両道、ハンドボール部でガンガン走り込んでた姉と違い、子どもの頃からキツいことや苦しいことは嫌いな軟弱者。そんなわけで、今日もシルクのスパッツ&腹巻き&ババシャツ、そして“足の冷えない不思議な靴下”をはき込み、完全ガード。これじゃ、基礎代謝も高まりようがないですね。あと、どう考えても人前で服は脱げない。まあ、そんな心配はまったくないからいいんだけれど。

庄司いずみ

mardi, décembre 06, 2005

さすらいの校正者[Hitoshi Oba]

 こんなことを書くと、今後の営業に差し支えがあるのかもしれないのですが……。
 私の自宅における勤務形態は座卓に座椅子、というスタイルである。一昔前の文豪風といえないこともない。近所の家具屋で一番大きな座卓を買ってきて、これからは広々とした机で優雅に仕事をやるのだ、なにしろ以前の勤務先の机では資料やらなにやらを肘で押しのけながらようやくスペースを確保しつつゲラを読んでいたりしたのだから、などと悦にいっていたのであった。
 ところが程なくしてパソコンを入れたら、こいつがノート型のくせに存外場所をくう。あれれと思っているうちに、宅急便でゲラやら資料やらがくる。ところがこいつが紙のくせに存外場所をくう(以下さまざまなもの同様)。せっかくの文豪気分はものの一ヶ月もたたない間に消え去ったのであった。
 で、現在はどうなっているかというと、猫の額よりは広いがゴリラの背中よりは狭い。もう少し正確を期すなら、A4の紙を2枚きちんと並べるのはちょっと苦しいかな、という状況なのでした。そこへ昨日、無慈悲にもB4の分厚いゲラの束が届いてしまった。
致し方ない! デイパックにゲラやら資料やら辞書やらを詰め込んで旅行気分で(ウソです)出かけるのであった。

 そういうわけで、本日のオーバの滞在場所および時間(なんかブログみたいでしょ、あ、ブログなのか)。
 ジョナサ○ズ:6時間
 ド○―ル:2時間半
 ロイ○ルホスト:5時間半……

 これも会社にいたときから時々思っていたことではあったのだが、ものを整理することができないということは、もしかしたら「編集の才能がない」ということになるんじゃないでしょうか(!?)
 すみません。この校正が終わったら机の上を片付けます。片付けるつもりです。かなりの確率で実行されるような気がします。少なくとも片付ける意欲が今ほど高まったことは過去数回しかありません。
 とくにこれまで度々ご迷惑をおかけしているジョ○サンズ和泉店様、本当にごめんなさい(実は同店では滞在時間約10時間という記録があるのだった。食事1回とドリンクバーだけで)。

大場仁史

lundi, décembre 05, 2005

「なのだ」と「である」[Ota]

 皆の衆、すまぬ。調子に乗って、もう一つ。
 ブログに今し方書いた自分の文章を読んで思い出したことがある。
 なにで読んだか忘れたが、三島由紀夫が「だ」で終わる文章は醜いと言っており、円地文子もそれに同意していた。そのために、僕は高校生の頃から「なのだ」のように濁音で終わる文章を律儀にも書いてこなかった。文末は必ず「である」か「ない」か「か」か「う」か、とにかく濁音ではなかった。
 それが今では濁音だらけである。なぜかと考えれば、それはかつて仕事をしていた「HotDogPress」のせいである。
 ポパイのライバル誌を自称していた「HotDogPress」のエディター、ライターは実は全員がポパイの崇拝者である。僕もまたポパイを創刊号から愛読していた(さらに言えば、ポパイのパイロット版と言える平凡パンチの増刊号からの愛読者だ)。
 だから「HotDogPress」の原稿での僕の文体はポパイやブルータスを真似っこしたものに過ぎない。昔、たいそう親切な編集者が、「HotDogPress」文体をつくったのは太田さんだとお世辞を言ってくれたことがあるが、そんなことはない。僕は真似っこして、ほんの少しだけ太田味を振りかけただけなのだ。で、その太田味っていうのが、実は三島由紀夫なのだ。それでも、「なのだ」の誘惑には負けたのだ(あ、また「だ」だ)。
「HotDogPress」文体の話に戻れば、ポパイと同様、「HotDogPress」もまたその後の雑誌の文体に大きな影響を与えたと思う。僕が思うに、その一番の功労者は我がアウレリウスのメンバーである黒部エリさんではないだろうか。
 お金を払って買っていただく雑誌の文章に、「〜なんだから。プンプン」とか、「〜しちゃったりして、ブイブイ」とか、奇妙な女子口語体を鏤めたものを僕は黒部さん以前に見たことがない。今初めて言うが、僕はこっそり黒部文体を研究して真似たことがあるのだ。情けない、シクシク……(いまいちだなあ、この「シクシク」ってのは)。

太田穣

「はてしない物語」論-2[Ota]

「はてしない物語」のプロトタイプはツリー状のものとなるだろう。
 物語の発端があり、それに続いて、匿名の投稿者が決められた文字数の範囲内で書かれた物語の断片をつないでいくのだ。
 その分岐は二つとする。つまり、発端から物語は二つに分岐し、それがまた4つに分岐し、それがまた8つに分岐しというように、分裂を繰り返す細胞のようにどこまでも分岐していくのだ。
 誰が次に物語をつなぐか、それは早い者勝ちだ。分裂を独り占めする者もいるかもしれない。しかし、枝の数が膨大になったとき、さすがの物語の独裁者も音を上げるに違いない。
 物語は整合的なつじつまを欠き、やがてはまさに2チャンネルのような掲示板みたいになっていくかもしれない。だが、それでも分岐は止まないのだ。そのすべてを飲み込んで、壮大な連関が生まれるはずなのだ。意図するものは分岐を利用してすり抜け、逃亡する。呼応し合う者どうしは、一つの枝の生命にだけ言葉をそそぎ続けるだろう。
 このツリー構造を文字通り樹木にたとえれば、いつしか分岐が途絶える「忘れられた枝・枯れた枝」ができるだろうし、一方でどこまでも分裂を繰り返す、いわば幹のようなスレッドもできるだろう。
 その幹はどんな幹だろうか。性的で暴力的で窃視者的なものになるのだろうか。予断はやめよう。この分裂が完全な自由に委ねられたとき、いったい、どんな相貌を見せるのか、けだし興味津々ではないか。
 個人の想像力に対応する集団的な想像力というものは存在するのだろうか。いな、想像力とはもともと集合的なものではないのだろうか。
 感覚によって虚構される「個体・個人」という幻想を、このアナーキーな物語の樹木が浮かび上がらせるのではないかという関心が僕にはある。そしてまた、物語とは何か、小説とは何か、作家とは何か、書くとは何か、それらの命題に対して、この「はてしない物語」は根源的な何かを突きつけるような気がしてならない。もちろん、僕は一人の人間が孤独に紡ぐ物語を決して否定するものではないが。
 次回もまた、この「はてしない物語」についての僕の構想をここに書こう。インターフェースやアルゴリズムなどについてなども説明できればいいなと思う。
 いずれにしても、いまだ夢想に過ぎないのだが。

太田穣

jeudi, décembre 01, 2005

野性の力を取り戻す! [Miyuki Shoji]

 ある日、ほとほといやになった。部活で走り込んでいたのなんて大、大、大昔だし、「文武両道」と占い師に言われて気をよくしたりもしたが実は意味なし、要は机の前に座るばかりで身体はなまる一方、体調も(したがって気分も)すぐれない。
 さっそく本屋で、気持ちよくストレッチだの毎日続けて健康ゲットだのといった健康本を数冊、選ぶ。これまでもヨガや水泳、ジャズダンス、エアロビクスなど一応はかじったことがあるので、何かを再開すればいいやくらいの軽い気持ち。ところが今回は、どれを試してもぴんとこない。唯一「ん?」と思ったのが“自力整体”なるものだった。

 矢上裕という元鍼灸師がヨガ、断食などの指導を経て開発した、自分でやる整体らしい。人に治療してもらう“他力”に対する“自力”であると同時に、“自然治癒力”の略でもあるという。「からだの声を聞きながらほぐしていくうちに、本来、人間にそなわっている野性の力を取り戻す」というようなことが書いてある。いやー、それ、それです! 野性に戻りたいのです、私は。
 本の写真で確認しながら、付属したCDの音声に従ってやってみる。正しいかどうかもよくわからないまま約30分をこなし、「まっいいか」程度で眠りについた。
 驚きは翌朝、すぐにきた。目覚めが軽い。ご存知のように、大人になって「さあ朝だ! うれしいな!」なんて飛び起きる人なんてほとんどいない。「眠ぅ」「飲み過ぎた~」「締め切りだ……」としぶしぶ布団を出るのがほとんどだろう。
 ところが、非常にさっぱりした気分ですっと立ち上がれたので、「あれ、違う!?」とびっくりしたわけなのだ。
 それどころか、見よう見まねで2週間ほど続けただけで、おお、ジーンズのウエストがゆるくなった! 痩せるのではなく、スタイルが整ってくる感じ。「体重が変わらなくても、砂時計型の体型になれる」とあるのは、誇大表現じゃなかったのだ。

 いやはや、そんなわけでこの2か月、私と会う人はほぼ全員、「自力整体、スバラシー!!」という話を聞かされているわけです。さまざまな発見、効果はさらに続く。

庄司みゆき