vendredi, mars 31, 2006

忘却の日々[Izuim Shoji]

 岩手県民の奥ゆかしさ(?)に触れるのはやめとこう。暴発しないぶん、のちのちお酒の席でネタにされるのもイヤなもの。尾を引く性格? ただ、県民性より個人の性格かもしれないし、言及はよしときます。ともかく。一昨年夫の誕生日を忘れたのは私でぇす(ああ、こういうクレヨンしんちゃんのミサエ口調ともオサラバしたい)。
 というわけで、1ヶ月前くらいからチェックしてるのに。緊張が続きすぎてかえって3日前くらいで忘れそうになる。危ない危ない。なんとか前日思い出し、当日は大好物のウニ飯を振る舞ってことなきを得たものの...。人間の記憶力なんてはかないものだ。昨日はそれを実感しましたです。
 大ショック! なんと取材に行くのを忘れてしまったのです〜。30日木曜の11時、手帳にも書いてあった。なのに何をかんちがいしたのか、てっきり金曜だと....。ツイてることに編集のFさんがやや遅刻し、「今つきましたけど庄司さんどこですか?」と電話をくれた。それでかんちがいが発覚。ラッキーなことには、取材場所は我が家からタクシーで10分。余裕を見ての待ち合わせだったので取材には穴を空けずにすんだ。
 もう一つ神に感謝したのは、電話をもらった時にはメイクは終わってたこと。すっぴん&ぼさぼさ頭で電話を受けたら...。考えただけで怖ろしい。もっと恐いのがメイク途中で電話がきたケース。地塗り完了、あたりは最悪だ。ぬりかべ状態で出かけては女の恥。ふうッ、命拾いだ。
 そして....。こんな大ポカを笑顔で許してくれた編集のF嬢。優しくチャーミング、お嫁にほしいと常々思ってたFさんのためなら何でもします。“何でもします券”(娘からのプレゼントの定番だ)を100枚綴りでお渡ししますので。店取材でも肩もみでも、何でもお申し付けくださいませ。あ、それからこんなことライター人生中、初めてのこと。これ読んで「庄司に仕事頼むのよそう」とは思わないでください。これからはますますマジメに時間に正確に。頑張りますのでよろしくお願いいたします!

 しかし。昨日駆けつけで取材をさせていただいた方は、イカす女性だった。
ボディケアのサロンを経営なさってる方で、お話の内容から判断するに40代の後半かも。なのになのに! 顔にはシワひとつなくツルピカ。さらに目を奪われたのはしっとり、むっちり、まっしろな首〜デコルテ。取材とは関係ないけど思わず聞いた。「どうすればそんな肌になれるんですか!?」
 その方いわく、「首やデコルテは顔と同じ基礎化粧品でケアしなきゃ!」だそうだ。顔や首、デコルテには寝る前に化粧水やリッチなクリームをしつこいくらいにたっぷり塗って保湿。脚や腕、ボディも年齢が出るから、おざなりにせず水分と油分を補給するのが基本とか。しっとり、むっちりのお方に言われると、説得力がありすぎる。
 もちろん昨日はクリームぬらぬら状態で寝ましたとも。アラマ、朝鏡の前でビックリだ。顔がしっとりしてるのはもちろん、脛や腕が瑞々しく光ってる。カサカサ冴えない私とはもうオサラバ! 女性のみなさん、お休み前はしつこいくらいにたっぷりと。頬にさわるとむちっとし、ふと目に入る手足がしっとりした光を放ってると、「うふふ、私ったら高級なオンナ」ってな感じで気持ちまで潤いますよ。

庄司いずみ

jeudi, mars 30, 2006

誕生日だったんで……[Minoru Ota]

 ブログの停滞、我が責めを負うべきにて、ごめんなさい。
 締め切りがたてこんでいまして、しかも、27日月曜日は誕生日だったものですから。……いえ、はい、僕の誕生日です。
 誕生日は言い訳にならない? はい、仰るとおりで……。
 誕生日は本当です。ときどき、自分でも自分の誕生日をわすれることがあるのですが、昨年ごろから、駅員さんの指さし確認みたいに、1週間前くらいから家族が「3月27日、パパの誕生日ィ、出発進行お〜!!」みたいに機械的に確認作業をとるので、たぶん、間違っていないと思います。……当然ですね。
 で、なんで家族が僕の誕生日を指さし確認するようになったかというと、それは、おととしのことでした。家族みな(妻と娘)が僕の誕生日を完全に忘れたことがあったからなのでした……。
 誕生日といっても、もう、あまりおめでたくない、という年齢でありますから、こちらから「誕生日、祝ってね? パーティしようね?」という気持ちは一切ありません。ですから、もちろん、何にも言いません。受け身です。
 で、おととしです。
 その日がやってきました。
 あ、きょうは誕生日だ。家内と娘でなんか、ささやかに祝ってくれるんだろうなあ……という思いで1日が始まりました。
 で、夕刻です。家内も娘も何も言わず、夕食が始まろうとしています。
 おお、サプライズか、ことしは……と、ちょっぴり期待です。
 が、いつもと同じように夕食がすみ、娘はニンテンドー・アドベンチャーに取りかかる。
 なんか、へんだな……、ま、いいか。サプライズはこれからかもしれないし……。
 が、な〜んにも起こらず、その日はみんなグースーピーと眠りました。
 あ、忘れられたんだ、俺の誕生日……。と、思いました。
 でも、怒りの気持ちは微塵もありません。どころか、僕の誕生日を忘れたということで妻と娘が傷つかないといいなあ、僕の誕生日を忘れたということを知らぬまま来年になってほしいなあ、と思ったのでした。ここが岩手県民性が少し残っているところではあります。
 で、コケコッコ〜、翌朝です。
 僕のほうが、すっかりきのうが自分の誕生日だったということを忘れていました。と、納豆ごはん食べながら、娘が、「あっ、あれ」と言ったのです。
「パパさあ、きのう、誕生日だったんだ」
「あ……う、うん」
 そのとき、キッチンにいた妻のからだが凍りついた。
「え……あ……ごめん……忘れてた……」
 そう言って妻は満面に笑みをたたえたのでした。
 という一件以来、僕の誕生日は指さし確認事項となったのでありました。
 だからといって、月曜日ブログ担当の太田の怠慢が許されるわけでもありませんが。
 追伸。
 誕生日プレゼント、現金に限り、受付中です。

太田

jeudi, mars 23, 2006

選手宣誓![Hitoshi Oba]

 ワールドベースボールクラシック、日本優勝。良かったですね。
 この間はガラにもなく野球の話など載せていただいたのだけれど、原稿を書いていたのがまさに二次リーグ、日本対韓国戦の真っ最中。で、太田師匠に送稿して一時間もたたないうちに日本敗戦……。まったくタイミングの悪いことである、そもそもオーバなぞが「愛国」なんて言葉を軽軽に使ったのがいけなかったのかしらん、などと反省していたのだけれど。
 万事休す、と思われた方がほとんどじゃないでしょうか。そもそもあのイチローまで、前後不覚になるまで自棄酒を飲んじゃったそうだし。
 その後の経過は皆様ご存じの通り。日本チームが直接アメリカに天誅を加えられなかったのは残念だったけれど、アステカの神様がかわって天罰を下してくださった(某テレビ局アナウンサーが実際そう言っていたのである)。
 ただ、アステカの神様がもうちょっと早く、スペインやコルテスに天罰を下されていれば、アメリカ先住民があそこまで酷い目に遭うこともなかったかもしれず、そうすればアメリカも今とはちょっとは違う国になっていたかもしれず……なんて、またガラにもないことを書き出すとワケがわからなくなりそうなので、以下省略。
 決勝トーナメントは比較的穏やかな気持で観戦。それでも相当くたびれたのだけれど、まずはめでたい。王監督、そして選手の皆様、心から「おめでとうございます」と言わせていただきます。終わり良ければすべて良し、ということにしておきましょう。それとね、君のおかげでこの大会への関心はものすごく高まって、それでオーバなんかも久方ぶりに野球を楽しませてもらったんだ。ありがとう、ボブ・デービットソン。君は少なくとも本朝ではボブ・ディランなんかよりは遙かに有名になったよ、ぜひ来日してツアーでもしてくれたまえ。
 監督や選手の方々は凱旋帰国直後の二十五日、今度の土曜日には早パ・リーグの開幕だそうで、本当に大変である。更なる御健闘をお祈りいたします。
 ところで実にその三月二十五日、ついにオーバも決戦の時を迎えるのです。全国一千万囲碁ファンが注目する樹林杯争奪戦、試合会場は地下鉄虎ノ門駅近くの樹林というお店。なんかヒネリのないタイトル名ではあるけれども、参加するだけでも碁打ちの誉れとされる大会である。心ない人々には「ただのオヤヂどもが集まって、昼間からビールとか水割りなんか飲んでザル碁打ってるだけじゃん」と見えるかもわからない。まあ、見解の相違ということで了解してさしあげましょう。WBC優勝で寛大な気持になってることでもあるし。
 前にも書いたことだけれど、とにかく囲碁を打つ者は技量は問わず皆「囲碁の選手」なのであって、オーバのことをたとえば「囲碁界のイチロー」「盤上の王貞治」などと思って下さっても一向に構わない。
 そんなわけで、これからイメージトレーニング、おまじない、加持祈祷、効果的なブラフのかまし方の研究等々に励まねばならぬ。とてもじゃないけど仕事などしている場合ではないのであった(またか、おいっ!?)。
 ここのところ枕頭の書とさせていただいているのが長山靖生先生著『「人間嫌い」の言い分』(光文社新書・2004)という御本である。これが我が意を得たり、と言うべきか心の友とでも申すべきか、とにかくオーバの現在の心の支えである。その御本から、少し引用させていただく。
「……夏目漱石も述べているように、本来、人間が命がけでするべきなのは、自分本位の『道楽』なのであって、『仕事』は所詮、お客様のご要望にお応えする他人本位の奉仕にすぎない……」
 そーゆー事であるのであるからして、以て諒とせられよ。
 あ、あといつもご愛読くださっている良い子の皆様(いるのか!?)、オーバ先生に是非応援、励ましのお便りを出そう! よろしくねっ!!

大場仁史

mercredi, mars 22, 2006

バウンド、バウンド[Izumi Shoji]

 春って体がむくみませんか? それって私だけ...?
 姉妹揃って自力整体、自力整体と連呼するのもなんなのだけど。ここ数日下半身がパンパンだったもので、自力整体の本をめくった。悩み別のメソッドに確かむくみ解消があったはず。おお、見つかった。すごい単純な動作。股を割ってしゃがみ、その姿勢でお尻を上下にバウンド。バウンドしながら段々膝を閉じ、膝閉じしゃがみでさらにバウンド。膝を割ったり、閉じたりを数分繰り返すだけという体操だ。詳しくは数多く出ている自力整体の本でご確認ください(←って書いておけば、ここでネタをばらしたことを許してもらえるだろうか....。ごめんなさいッ)。
 いやー、びっくりした。何がどうして、これでむくみが解消するのか、誰か解説してほしい。しゃがむことで膀胱が刺激される...? それともよく聞く、足の筋肉のポンプ作用のせい? 私も何度も女性誌の記事で書いたが、足の筋肉が収縮するのがポンプ作用となり、末端まで行った体液や血液が体に戻る。だが筋肉がないと戻りが悪くなり、そのせいでむくむのだとか。としたら、しゃがんでバウンドする動作そのものがポンプ作用となるのかも?
 わけは定かじゃないけれど、ともかく本を信じ、しゃがんだ姿勢でお尻をバウンドしてみたら! 数分続けろと本には書いてあるけれど、数十秒もしないうちに! お手洗いに行きたくなってしまうのだ。真面目な私はお手洗いが終わると「まだ数分経ってないし」と“しゃがみバウンド運動”を再開。するとまたまた数十秒もしないうちに! さっき行ったばかりなのにまたしても! 昨日の朝はこれを5回は繰り返した。むくんで困ってる人には超オススメです。
 あと、食べ物ではたけのこもいいですよ。むくみを取る効果があるのだとか。若竹煮やすまし汁もいいが、オリーブオイルでソテーしたり、パスタにもバッチリ。たけのこといえば山椒だ。筍のステーキにパンと叩いた山椒をのせて。春の香りです。

 しかし....。庄司(いずみ)と言えば、健康ネタと食べ物ネタしかないと思われるとシャクだから他のことも書きたい。「私ばっかり知性ゼロみたいで恥ずかしい。ブログ、なんとかしたい」と常々夫にこぼしてもいるのだが...。残念、またも体ネタだ。
 あ、つけたしのようで何ですが、「センセイの鞄」読みました〜。お伴に持って出るまでもなく、パソコンの前で仕事そっちのけであっという間に読破。いやあ、おもしろかった。おじさんたちがどこに反応し、泣きながら読んだのかを想像するのもまた一興。「龍宮」も買ったから次のお伴はこの本だ。オーバさん、ありがとう。
 オーバさんで思い出した。野球勝ちましたね! 準決勝、決勝とテレビに釘付けだった夫を置いて、私は娘と渋谷に出かけていたのだが....。お休みなのに街は閑散としていて。それが試合が終わったであろう頃にワラワラと人が増え、いつもの渋谷になったのだった。道行く人の会話や表情から、日本が勝ったことを知った非国民な私。しかしみなさん、試合の間、どこに隠れてたんだ...? 不思議です。

庄司いずみ

mardi, mars 21, 2006

コーヒー・ルンバ [Miyuki Shoji]

 週末のひととき、自分でコーヒーを淹れて楽しんだ人も多いことと思う。私はコーヒー中毒ではないが、時間があればていねいに落としてみて軽くその日を占う。飲んでせいぜい1日一杯程度なので少数精鋭、おいしくなければ意味がない。なのに、お湯の温度か淹れるスピードか、同じ豆でも澄んだ味のときとえぐみの立つときがあって、そんな日は「むむ、私、何か焦っているのかな?」と思ったりしてみるのだ。

 さて、コーヒー界も知らないうちにいろいろと進化しているらしい。十年一日の如くごく普通のペーパードリップを愛用してきた私が、つい先日、目にしたのがこれだ!



 普通のものが3つ穴くらいでタテに線が入っているのに対し、この「透過ドリッパー」というもの、角度が心もちタテ長で、スパイラル状にリブが入り、真中に大きな穴がドーンと開いている。使う紙フィルターもとんがった円錐形で、そのぶん、1、2杯分など粉が少なくてもお湯がコーヒーに触れる時間が長いために蒸らしの時間も長くなり、ネルで淹れるときのようなコクが出やすいとか。しかも、お湯の注ぎ方ひとつで濃くも薄くもなるという。
 私のオートマチック嫌い、不便好き心は瞬時にくすぐられ、気がついたときにはクリック終了。写真はプラスチックだが実際に頼んだのはセラミック製だ。併せて「技を磨くため」とか何とか理由をつけて、前々からほしかった細口のコーヒーポットまで注文してしまった。
 淹れてみてどうよ、というところだが、これがウマイ。楽しい。
 お湯を細くたらせば、苦みや甘みがしっかりあるのにキレイな味が出るし、ドボドボ淹れればあっという間に操作は完了し、薄めになるという寸法。道具というより手の延長のようで、可愛さまで感じる始末。これまで一緒にいたドリッパーちゃん、ごめんね。私の心はもうあなたにはないの。これからは私、透過ドリッパーと共に生きていくつもり。
 ああしかしコーヒーといえば、いま一つ、これははずせないという愛器がある。「ナポレターナ」というものだ。



 イタリアはナポリで昔から使われていたという直火式エスプレッソメーカー。普通のものとドラマチックなまでに違うのは、ガスにかけ、お湯がしゅんしゅん沸騰してからのやり方だ。
 火からおろして何と、全体をひっくり返す。そしてしばし放っておく。10分弱くらいかな? 下にお湯が全部落ちたらできあがり。その間に適温のお湯がコーヒーの粉をまんべんなく膨らまし蒸らし、甘やかな香りのエスプレッソへと変容するのだ。
 これがまた、ウマイ。楽しい。そして何より、形がキュート。数秒どころか数分も待つという不便さもたまらない。
 一度、食品の撮影に持っていって自慢しながら使ってみせたら、スタイリストさんやカメラマンさんに「おいしー」と大好評で大量発注を受けたこともあるくらいだから、味も確か(あ、私が取次店をやっているわけではなくて、単に買い物を頼まれただけですので誤解なきよう)。
 あなたが決して不便好きでなくても、脳が疲れているときやだるいとき、どちらも気分転換としては最適だ。南の国の情熱のアロマがにおい立ち、小股の切れ上がった姐さんだか精悍なロマだかが、一緒にダンスを踊ってくれる。

庄司みゆき

lundi, mars 20, 2006

80年代のことを書こうとしてたら……[Minoru Ota]

「80年代の若者文化を当時のHotDogPRESSの作り手から見ると」というテーマで原稿を書かなくてはいけない。で、まだ、書いていない。むずかしい。あのころを思い出そうとしても切れ切れの情景が浮かぶばかりで、ストーリーやなにがしかのテーマをもったエピソードとなると頭の中は真っ白になってしまいます。この真っ白のときの僕をだれかが見たら、きっと、ポカンと口を開けて宙の一点をボーッと見つめているひとりのアホのオッサンをそこに認めることだろう。
 オー、脳!! おまえはいったい、なんのために頭にあるんだ!! オレが食った飯から分解抽出した栄養、オレが呼吸して取り込んだ酸素の大半をおまえは食らっているくせに、なんでこんなときに肝心なことを思い出してくれないんだ!!
 まあ、オレがHotDogPRESSで原稿を書き始めたのは1980年であるからして、もはや四半世紀前ということになる。最近ガタピシしてきた我が脳、限界なのかも知れぬ。
 というわけで、書架(そんな立派もんじゃねえが)より取り出したるは我が心の師匠、作家・永倉万治氏の2000年発表の小説『アルマジロの日々』(幻冬舎)。これは永倉さんの30代半ばの心をつづった長編である。執筆時の長倉さんは50歳を越えていたと思うから、つまり、これは1980年代前半の物語となる。永倉さんがライターとして仕事をこなしていた日々が、永倉さんならではの人物活写によってときにユーモラスに、ときに切なく物語られる。
 ここには当時のHotDogPRESS編集部がいきいきと描かれている。僕はそれを読んで自分の記憶に電気ショックを与えようと思ったのだが、はからずも、別のショックを覚えてしまった。
 この小説はほぼ実際にあったことに即しているのだろう、ほぼ、全員が実名で登場する。いとうせいこう、山田五郎、萩原健太、野々山雄高、栗本慎一郎、浅葉克巳などなど。で、実は僕も登場するのだが、僕だけは仮名だ。太田穣ではなく、太田譲治となっている(こっちのほうがかっこいいなあ)。これは自分だってことは永倉さんから聞いている。電話があったのだ。
「太田君、こんどの小説に君のこと書いたからさ。怒んないでね。で、本は自分で買ってくれ」
 なんで僕が怒るのかなあ、と思って書店で買ったばかりの『アルマジロの日々』を読み始めたら、理由がわかった。僕に関係するあるシーンだけがかなり誇張されている。すなわち、オートバイを無免許運転していた僕は警察とのカーチェイスのあげく、HotDogPRESS編集部で逮捕されたことになっているのだ!! 永倉さんっ!! オレ、カーチェイスなんてしてないってっ!! おそらく、このフィクションに遠慮して「穣」を「譲治」に変えたのではあるまいか。
 昨日読み返して、ついつい、自分の名前が登場してくる箇所を追ってしまった。そして、それらを読み返しているうちに、胸がふさがれたようになり、目頭が熱くなっていったのだ。
 永倉さんはこんなふうに書いていてくれた。
《太田は旧約聖書に出てくるヨブだ。次から次に災難に見舞われるヨブだ。僕は、そんな太田が好きだ。不運な人生を健気に生きる男が好きなのだ。可哀想に思うけれど、なんとなくおかしくもある。太田が目の前を通り過ぎるだけで哀愁を感じるのだ。》
 発刊当時に読んだときは、「へえ、永倉さん、オレのことをそう思ってたんだ」としか思わなかったが、今思えば、永倉さんと僕はずっとつきあいがあったので、2000年の時点での僕をも見て、そのように書いてくれたのではなかったのかと思うのだ。
 なんとうれしいことか。僕は今もまた胸がいっぱいになる。
 この小説の根底にあるのは当時の永倉さんが抱えていた焦燥に似た何かだ。彼は、時として日々のよるべなさに苛立ち、こんな言葉を吐く。
「三十五にもなって、俺は何もしていない! 何故だ? どうしてだ? 三十五にもなって、俺は何もしていないんだ! 俺は……」
 この言葉はまっすぐ僕に向かって突き進んでくる。俺もまた、何もしていない……。
 ありがとう、永倉さん。
 この『アルマジロの日々』が書店に並んだ数ヶ月後、永倉さんは帰らぬ人となった。
 でも僕の住所録にはまだ永倉さんの名前が残っている。僕はたぶん、ずっと彼の名を消さない。

太田穣

samedi, mars 18, 2006

手のひらパワー[Izumi Shoji]

 残酷な話だが、頭髪のない方(誰とは言いません)はお気の毒。いえ、見た目のことじゃありません。個人的にはスキンヘッドの男性は、たいそう男らしくカッコよく、しかもおしゃれと思います。と書いておかなきゃ、夫婦げんかになるとメンドくさい。
 えーと、では何がお気の毒かと言うと。デトックスで超有名なドクターからこの間聞いたのだが、頭髪も体内にたまった毒の排出ルートの一つ。だからこそ頭髪検査で、体内にたまった有毒ミネラルのレベルが調べられるわけだが....。頭髪が生えてこない人は、髪の毛からは毒を捨てられない! その分、汗とか便とかで頑張って捨てなくちゃならないわけだ。頭髪のない方は、せっせと汗をかいてくださいませ。

 さて、それとは逆に私はというと....。一応髪の毛はあるんだけど、汗をかくのが苦手な体質だ。というか、真夏日でもほとんどかかない。オホホッ、高貴な生まれなもので(もちろんウソです)汗なんてハシタナイものは出ないのでーす。とか昔は思っていたが、いやいや、汗はかかなきゃいけません。カリスマ整体師やハンサムなゲドクターに言われるまでもなく、不要なものを溜め込んでていいわけないですからね。そんなわけで半身浴だの足湯は長年続けてるし、最近ハンズで買ったお風呂用のゲルマニウムボールも結構いい。ちょっとお湯が固くなるけど、汗はバンバン出る。
 そうだ。汗で思い出した。オーバさん、二日酔いの朝は死んでないでお風呂に入るといいですよ! 最初ぬるめのお湯から入り、徐々に温度をあげていく。そうすると信じられないくらい大量の汗が出て、アルコールの毒が抜ける。
 あと、二日酔いの予防策。寝る時にちょっとでも正気が残ってたら、肝臓のあたりに手を当てて温めながら寝るといい。それだけで寝てる間に肝臓が頑張ってくれて、二日酔いにはなりません。手を当てながら心の中で、「すまないねえ、いつも苦労をかけて」と肝臓にいたわりの言葉をかけるとさらにグーッ! 応用編として食べ過ぎたら胃に手を当て、「無茶してすまん」とわびを入れると消化力が高まるし、婦人科トラブルのある人は、卵巣や子宮に手のひらの温かさを伝え、「女に生まれてよかった」とか何とか、声をかけるといい。以前、とっても美しくて優しいヒーラーさんから聞いたテクニックだ。
 手のひらで治すというと気功やレイキみたいだが、特別な修行をしたり、イニシエーション受けなくても、誰でもハンドパワーはあるのだって。使わなきゃもったいないから、みなさんもぜひ。手当て、やってみてください。おお、そういえば、あの佐伯チズさんの美容法も手のひらパワーをフルに使うんじゃなかったっけ。肌にもいいなら頭皮にも良さそうだ。頭髪が気になる方は、寝ながら頭に手をあてて話しかけてみてはどうでしょう?

庄司いずみ

jeudi, mars 16, 2006

愛国宣言![Hitoshi Oba]

 今週になって、なんだか無闇に忙しい。今年でやっと二年目の駆け出しフリー、おまけに生来の怠け者かつは稀代の愚図であることをも勘案すれば、オーバがいくら「忙しい!」とか喚いたところで、アウレリウス他メンバーの皆様なら「ここんとこ、ちょっと閑だなぁ」程度のレベルなのかもしれない。と思うことは思うものの、オーバ本人が結構テンパッタ心境に現在これあるのは確かなようなのである。
 しかもそんなところにもってきて、ワールドベースボールクラシックをば観戦という用事(おいっ!!)まで出来、ほとんど途方にくれているのです。
 昔は名古屋金鯱軍、中日ドラゴンズを熱烈に応援していたことなども実はあるのだけれど、近年はスポーツ観戦などほとんどしない。大体、二時間も三時間もテレビの前に座って一喜一憂煩悶苦悶、時に立ち上がって絶叫するなどという根性は、とてもじゃないがもうないのである。
 そんなオーバがこの多忙(だから主観的には泣くほど忙しいんです! くどいけど)の折になにゆえ国際野球試合など見なければならない仕儀と相成ったのか。伊集院光先生のおかげなのです、これがまた。
 先生はテレビ東京でスポーツ・ニュース番組のキャスターも務めておられるし、もともと野球には並々ならぬ情熱と莫大な蘊蓄を有するお方である。ただ、ちょっと前の当ブログ記事「魂のラジオ」で書いたように、先生の真髄は決してテレビでは味わうこと叶わぬものであると考える者なのである、拙者は。
 ところが、まさにその「魂のラジオ」たる先日の『伊集院光の深夜の馬鹿力』をお聞きして、驚いたのですね。例の世紀の大誤審というか大茶番、日米戦のことなんだけど、先生は大要以下のように述べられたのであった。
「っかし腹立つなあ。なにしろ生まれた時にチンポの皮むいちゃってる人達だからさぁ。ハナから包茎率八十パーセントの日本人なんて馬鹿にしきってるわけですよ……。えーえー、とにかく凄いよね、ズルむけ軍団は。そりゃ敵いませんともさー……」
 念のために解説させていただきますが、先生がこれほどストレートに御自らの真情を吐露されるというのは、これはもう、かなりの異例、タダゴトではないのです。
 事ここに至っては、流石の非国民、不肖オーバもついに思うようになりました。「おのれ、鬼畜米英許すまじ! 天誅をば下さずして如何はせむ。欲しがりません、勝つまでは!!」
 かような次第なのであるからして、再び憎き敵とあいまみえ、これを完膚なきまでに打倒殲滅、ボコボコの目にあわすのを見届けるまでは、今大会から目を離す事など断じてあってはならぬのである。

 あ、申し訳ないかもしれないけれど、整形外科だけは相変わらずマジメに通っております。愛しのコレア姉ちゃんのことを思い出しては涙にかきくれつつ。女々しいニッポン男児ではある。何? 「女々しい」は差別的でいけない表現であるからして訂正せよ、だと!? パカタリ! この非常時に細かいことをヌカスでない!!
 お仕事くださっているK様、U様、なにせ肩が痛くっては赤ペン握るにも支障を来たすようなこともあるわけでございまして、毎日小一時間のリハビリくらいは大目に見ていただきたく。
 それに「自己管理もできぬのは犬畜生にも劣る奴である」と教えてくださったのは、そもそもアメリカ様だしね。でさ、これがまた美味いのよ、マッサージとかしてもらった後の煙草の一服が……。ザマヲミロ!
 
大場仁史

lundi, mars 13, 2006

隔世の感とはこのことだ[Minoru Ota]

 これから長きにわたってすることになるだろうある仕事がございまして、先日、デザイナーの方々と顔合わせを兼ねた打ち合わせがあった。
 二人いらしたデザイナーの若い男性のほう、彫り深く、愁いに満ちた瞳、とってもうらやましいふさふさの長髪、がっしりとした体躯の彼が僕の名刺をしげしげ見たのちこう言った。
「フランス語ですね……」
 おう、そうよ。フランスかぶれの太田は名刺にもフランス語を書いているのだ。文句、あっか。
 と、彼の顔をうかがうと、何やらうれしそうにしている。
 で、僕も調子に乗って、「生まれて初めて行った外国がフランスはパリで、それいらい、かぶれちゃって、ハハハ」。
 その彼のことを、Yくんと呼んでおこう。
 さて、その日はそれでフランスの話題は終わり。
 数日後、そのデザイナーの方とクライアントと僕とで急きょ、夜に打ち合わせをすることになった。デザイナーの事務所は我が家のすぐ近くであったので、近所のカフェでおこなうこととあいなった。
 約束の時間に遅れないようにと家を出たら、山手通りでそのYくんと偶然合流、並んでカフェへと向かったのだが、Yくんがこう言ったのだ。
「あの、このあいだの打ち合わせの時は言いませんでしたが、僕は日本人とフランス人のハーフなんです」
 えっ!?
「両親の家はパリにあって、日本とパリを行ったり来たりしながら仕事をしてるんです」
 ほう〜!!
「家は3区です。ポンピドーセンターの近くです」
 おう、いいところだあ。
 というわけで、意気投合、打ち合わせそっちのけで盛り上がったのでありました。
 こんなにパリに縁があるなんて、やっぱ、オレの前世はパリジャンか!? 
 で、もっと、探してみた。オレとパリの縁。
 え〜と、娘が保育園に行ってたときに、フランス人のハーフの子が一つ上にいたなあ。
 え〜と、あ、娘と同じ保育園に通っていたヨウちゃんのお母さんで、デザイナーの細山田さんの奥さんがパリ勤務で、ヨウちゃんもいまはパリに住んでいる。
 それから、え〜と、え〜と、え〜と……。
 ない。これじゃ、むしろ、娘の前世がパリジャンか!?
 というわけで、月曜日の入稿時は、Yくんが数日前からパリに帰郷(?)していたため、パリとのメールのやり取りで仕事が進んだ。
 同時にいまは、アウレリウス・メンバーの黒部エリさんのご主人、ピーターさんらが主宰するデジタルデザインのカンパニーvibesearch社とも仕事をしているので、ニューヨークともメールでひんぱんにやり取りをする。このあいだはSkypeをつかって2時間も会議した。
 僕がHotDogPressで原稿を書き始めたころは、ファックスもなく、深夜、タクシーを飛ばして編集部まで原稿を届けたものだった。
 アトムからビットへと言ったのは、MITのニコラス・ネグロポンテであったが、オレに即して言えば、HotDogPressのヨタ記事でも文字はアトム、つまり物質だったから、深夜だろうが早朝だろうが、えっちらおっちら運ばなくてはならない。だが、今や文字(画像だって!!)はビット、すなわち情報となった。1と0の組み合わせとなって電子の海を波動となってわたるのである!!
 これを「隔世の感」と言わずして何という。
 そういえば、Yくんと出会う機縁をつくった仕事を持ってきたKくんとは20年ぶりに会ったのだが、僕の頭をちらちらと見ていましたっけ。彼も「隔世の感」を抱いたのだろうなあ、僕の頭髪に。

太田穣

vendredi, mars 10, 2006

チャーリーズ・エンジェルについての緊急報告[Hitoshi Oba]

〜神様がアブラハムに言った。「俺のためにタバコをやめろ!」
エイブ「まーた旦那、ご冗談を」
神様「いんや。マジ」
エイブ「はぁ?」
神様「ったくムカつくな。好きにしろ。けど今度俺様を見たら、せいぜい死ぬほどちびりながら逃げるこったな」
エイブ「……で、いったいどうやれっていうんです?…」
神様「友よ、答はハイウェイ61に舞っている」
(中略)
さすらいのギャンブラーはとっても退屈してた。「なんか戦争みたいのやりたい感じぃ」
プロモーター「超イージーかつスリリング、みたいな?」
ギャンブラー「さっすがあ。わかってんじゃーん」
プロモーター「いやあ、ボクちゃんもこんなの初めてなんだけどさあ。
たとえばガチガチにスモーカーをいじめ倒すショーなんてどう?
日向にスタジアムをぶっ建ててさぁ、ハイウェイ61で」〜

【ボブ・ディラン1965年作『追憶のハイウェイ61』の「超訳」、みたいなもの…!?】

 お待たせいたしました(!?)。
 全国のディランと、ついでにタバコもちょっと愛してみようと思う皆様方、ようやっとオーバはウェイク・アップしましたぜ。「とんでもねえジジイ2」ついに開始です。まずは映画『ノーディレクション・ホーム』の復習から始めますね。よーく聞いてないと、天にかわって根性焼きよ、なんちて。とにかくその映画では、ディランはやたらとタバコを吸うわけです。昨今肩身のせまい愛煙家には嬉しいことに……。

 え〜、……、どおもこのぉ(茶をすする)。世の中、リハビリとかなんとか、とにかく色々でございまして。こんなんでもいいんだかいくないんだか、まずはお付き合いをいただこうっていうん…。

 まじめな話、こんなの続けていいですか?

 と、ここまで書いたのが3月9日午前。なぜか久方ぶりに気分晴朗。時間もたっぷりある。商売が繁盛してないだけなんだけど、それはおいといて、とにかく調子こき始めたわけですよ、私。で、まあこれだったらすれすれで合格かなあ? オータ師匠に聞いてみーよーおっと。あ、その前にお風呂、なんていうナイス・デイだったんですけれど。
 なんだかんだで、午後3時。そっかそっか、リハビリちゅうたら、まず整形外科じゃあ。ちっと行ってくらあ、なんて出かけたわけです。なんだよ、気がついたらまた私事かよ(いつもだけど。しかも公のブログで)、おまけにまたおんなじ話でやんの(これもいつもだけど。ま、これはいっか、いくない?)。
 しかーも、なんとマッサージが、あ、あ、あ、あの「整形外科の天使」たるコレア姉ちゃん! 実に2週間ぶり以上の再会である。オーバ、喜ぶの喜ばないの。それが……
 なんとお姉さん、今週でやめちゃうのだって………。おー・まい・がーっ!
 
 ボーゼン自失でドトー○に倒れこみ、顔で半泣き、マインドはテンサウザンド・クライング。りはびりや 明日はどこへと ゆくのやら。 
 でですね、よーやっと考えたのが今回のタイトルなわけです。心はなににたとうべき? ぐぬぬ〜。そうだそうだ、タオルケットをとられちゃったライナス君だ。「チャーリー・ブラウン」シリーズの。
 あれ、ライナスはルーシーの弟なんだっけ? オーバ、相当記憶力もきて〜る……。
 
 この状況で、イチオー「落ち」をつけただけでもエライ、キミは、日記につけておこう……だからブログは日記じゃねえんだというに!!!

 オーバの社会復帰はどこへ行く? お願いだから次号は待たないで。

追記:オーバ、そういえばキャメロン・ディアスが好きだったことがありました。それで映画版『チャーリーズ・エンジェル』もテレビで見たことがあるんです。「ディアス老けたなあ。無理してこんなの出ることないのに。でもお金はたくさんもらえるんだろうし……」というのがその時の感想でした。
 それはともかく、その美女軍団のなかに「ディラン」(!!)という名前の女性がいたような…。おまけにそれを演じているのは東洋系の女優さんじゃなかったかな……。
 ほとんど丸一日たってから思い出したんだけど、奇しき因縁でしょうか?
 イチオー、「落ち」の追加です。
 
大場仁史

jeudi, mars 09, 2006

梅の木に梅の花咲く [Miyuki Shoji]

 春は梅。今年は遅かったが、あちこちで乳白色や濃紅の小ぶりな花がほころんでいるから嬉しくてたまらない。そぞろ歩きの季節になりました。

 新聞を眺めていたら、精神的な暴力、「モラハラ」についての記事があり、フランスの精神科医が「発生しやすい職場は役所や医療、福祉、教育関係など、奉仕的な職業が多い」と発言しているのが目にとまった。
 奉仕職というのは、賢く心やさしくバランスが取れている人が従事しているもの、というイメージがある。そこでモラル・ハラスメントが生じやすいというのは逆説的でとても面白い。というか、かなり怖い。
 そうだなー、私自身、ずいぶん前に仲間はずれにされてツラい時期があったけど、あれもボランティア活動内でのことだった。「自分のためより皆のため」「ご奉仕するのよ」的雰囲気の中で、天使のような笑顔で当てこすりを言われ続けるのは本当に痛かった。
 後で考えたら、私が若くてアホで生意気だったのが理由の90%だったとは思うが、仕事の場でなら、避けられたり嫌われたり、批判・意見されたり、実際に職務に差し支えることになったりとある程度プラクティカルな反応で自分をかえりみることができたのに対して、“公平かつ美しくあるべき”環境の中ではそうではない。建前がきっちり守られつつ、水面下でそれとは異なるものが発生しているという多重構造があったりする。
 げに恐ろしきはおばけならず、この世の人なり。
 そんなこんなで、私の人の心についての持論はシンプルで、「目に見えることの反対がホントの場合って多いんじゃないの」というもの。
 たとえば、「いえいえ私など全然だめでして」と謙遜する人に限って、謙虚どころか非常にプライドが高い。“他人などに理解されるわけもない”から、最初から土俵を降りておくタイプ。
 初対面で愛想がよすぎるほどよくて感じのいい人ほど、好意を持たれたつもりでいると、あとでトラブルの種になる。友情以外の何らかの目的で、印象を必要以上に操作しているためと思われる。
 攻撃的な人ほど強くなく、エラい(と自分が目する)人に批判される、価値観が崩れるなどの大きな危機に弱くてドドッと倒れてしまう。どうしてかなあ。虚勢というやつでしょうか。「やられる前にやれ」ってことかな。
 頼りなげなブリッコほど、内面はまるでなよやかでなく、神経がイカより太くたくましい。はかなげな様子をツールに、DNAの命ずるままにサバイバルしているのかも。見ているととても面白い。
 開発途上の理論ではあるが、「ん? これって本当はまるで違うことかも」と感じたら、その直感には理由がある。そこをつついて考察してみる、自分に反映してみるなども成長のためには欠かせない興味深い作業です。
 もちろん、「この人はホンモノだ!」とか、「なんて気持ちのいい人」という直感も大切に。批判するのはエネルギーを消費して疲れるけど、賞賛したり憧れたりするのは楽しいし、元気になる。何だか、好きな花を見るときと似ているのだ。

庄司みゆき

mercredi, mars 08, 2006

既読日記[Izumi Shoji]

 出かける時は必ず文庫本をおともに連れていく。私の自慢はメイドイン・おフランスのストライプのブックカバー。とってもかわいくて、これ買ってから読書量が増えた。小川洋子もなんだっけ、読んだな。私は生理的にどうも....。オーバさん言うところの“密やかな悪意”にあてられて、読んでて気持ち悪くなってくる。川上弘美の短編は背筋に冷たいものをペタンと貼りつけられたような、不思議な感覚が好き。蛇みたいな人ですね。「センセイの鞄」も今度読んでみよう。

 そんなことはともかく。ヤバイくらいに春ですね! ポカポカ陽気で汗ばむほどだ。梅は満開。桜ももうすぐ? 大好きな沈丁花の香りも漂い始めてる。窓を開けて沈丁花の香りがすると、ワインの毒が抜けていく感じ。清らかな気持ちになる。春だから髪もショートにしたし、バラの香りの香水も新調した。ああ、あと桜色の口紅も買わなくちゃ。スカートもたまにははいてみたい!
 しかし、春になると頭のネジも緩むのか? この間から連続3日もおともの文庫本で大失敗。電車の中で読み始めてかなーりたってから、「これ、もう読んだ」って気づくのだからダメですね。出る前にパラパラめくって、「ウン、まだ読んでない」って確認してんのに。ワインのせいで脳細胞がとけてるんだろうか。夫もそうだ。同じ本を何冊も買っちゃうらしい。おかげで足穂の本をもらえたのはラッキーだけど。夫婦揃って頭のネジが緩みすぎ。気をつけよう。

 でもまあ、体的には、冬の寒さで締まってた体が春には緩み始めるのが、正しいリズムなのだとか。またまた大尊敬する宮川明子さんの受け売りだ。花粉症なんかのイヤな症状は、体がうまく緩みきらないために起こるらしい。この間ご紹介した手首ぷらぷら運動で肩や頭をゆるゆるにすると、少しはラクになるかも。やってみてください。
 もう一つ、頭と体をゆるめるにはお散歩がいい。ウォーキングとか、ウインドウショッピングとか、なんか目的のある移動ではなくひたすらブラブラ歩く。「そんなにアタシ、ヒマじゃない」とか思ってると体も頭も緩まないし、積み重なると鬱っぽくなるからご用心! 週に1度でいいから、目的なく歩いてみよう。
 今の時期は最高だ。もし近所に公園や土手でもあったら、目を皿のようにして歩いてくださいませね。ふきのとうだの、蕗だの、ノビル、蓬とか、食べられるものが見つかるかもしれません。あ、書いてたら蕗が食べたくなってきた。今度の日曜、探しに行こう。自然に生えてる蕗は細く柔らかく、繊細な香り。マルマンストアで売ってるようなぶっといやつはいけません。香りがないし、味も大味、別物です。
 そうそう。春は苦みのある野草なんかを食べるのが、やはりいいらしい。冬の間に体に溜め込んだ毒を排出してくれるのだって。東洋医学的には苦みは肝臓に効くんだっけな。ムクミやなんかも取れるし、ダイエットにも良さそうだ。
 渋谷に住んでると、野草摘みも蕗やタンポポくらいが限界だけど、もし近所で野草がバンバン取れて、しかも食べ方がわかんない、なんて方はぜひご連絡を! 私が全部引き受けますです。

庄司いずみ

mardi, mars 07, 2006

未読日記[Hitoshi Oba]

未読書日記

3月某日
 整形外科に行ったついでに近所の本屋をのぞいてみる。小川洋子『博士の愛した数式』の文庫本が平積みになっていて、「文庫本たちまち百万部突破! 近日映画公開」とかいうポップが立っている。小川洋子はわりと興味のある作家なので実は単行本を持っているのだが、なぜかタイミングが合わず、未読のままになっている。宣伝など見ていると「泣けるいいお話」のようなのだが、しかし、ひねくれ者の腐れ中年であるオーバは密かに疑うのだ。ホントにそれだけの話なのか? オーバの理解する小川洋子は結構日常の微かな悪意や落とし穴(一見「微か」なだけに、かえって怖かったりする)を書いている作家だったような気がする。『博士~』が「いいお話」であっても一向に構わないし、オーバだって人並みには「いいお話」が好きなつもりである。ただ、ここ数年の「泣けるいいお話」の氾濫にはいささかウンザリ、である。そういう宣伝がされている作品はそれだけでのぞく気も失せる。しかし小川洋子の作品である。売るためにはこれに限る、ということで『博士~』の「いいお話」の部分だけが突出して喧伝されている、なんてことはないのだろうか。帰宅して確かめようと思ったのだが、なにせ整理整頓力ゼロの人間である。十分ほど探して諦める。しかし皆さん、なんでそんなに泣きたいんでしょう?
3月某日
 同じようなことが川上弘美『センセイの鞄』にもいえるように思う。「おとなしめの『失楽園』」みたいな感じで泣きながら読んだ勘違いオヤジが相当数いたおかげで、あれだけのベストセラーになったということはないんだろうか。これは一応読んでいるので断言気味にいうのだけれど、あの小説でどうやってそういう勘違いができるのか!? そりゃ小説なんてどんな読み方をされても構わないわけだし、好きな書き手の作品がベストセラーになって、その結果メジャーな作家になることは嬉しいことではあるんですけど。オーバの偏見では、川上弘美の本領はちょっとシュールで妖しい短編にある。そんなわけで短編集『龍宮』の単行本も喜び勇んで買ったのだが……。これもなぜかタイミングを失して未読。おまけにこの本ももう文庫になっている。あやふやな記憶では『博士~』の近くに埋もれているはずなのだけれど。
3月某日
 あいかわらず整形外科だけはマジメに通っている。ただ残念なことに、ここのところ愛しのコレア姉ちゃんはとんとお見限り。もっぱらホスト風兄ちゃんのお世話になっている。この日はワールド・ベースボール・クラシックという催し事があるのを教わる。そういえば小川洋子さんは熱烈な阪神ファンであったことを思い出す。帰宅後、『博士~』捜索に再トライ。思いがけず町田康『告白』を発見する。もちろん未読。これはもともと読売新聞の連載小説で、終了後大幅に加筆、という作品。六百ページ以上という大作である。とても現在のへろへろ状態では読めそうもない。そんなことは実は買うときからわかっていたのだ。ただ、「本は本屋さんにあるうちに買っておかないと」とか理屈をいって買ってしまうのである。そうやってエントロピーはどんどん増大する。ちなみにその前の長編『パンク侍、斬られて候』は、これはもう滅茶苦茶な傑作でした。自信をもってお勧めします。ただし不思議なことに、オーバは人に本を勧めて感謝されたという経験がほとんど皆無なのである。なんでなんでしょう、神様。
3月某日
 なんだか冴えない日々なので景気づけに古書ネットで注文したレーモン・クノー『青い花』が届く。オーバが注文する本としてはちょっとお高い。いえ、そんなに大したことはないんですけどね。って、誰に言い訳してるんだろう、私は? どこかで見たようなフレーズだが、あまり気にしないで先に進むのであった。クノーは「言語のあらゆる可能性に挑戦した」みたいに紹介されることの多い、フランスの作家である。そんな事情もあるのか日本語訳された作品はあまり多くないようなのだが、『地下鉄のザジ』(生田耕作訳、中公文庫)は、訳者の力量の与るところも多いのだろうけれど、思い切りぶっ飛んでいて大笑いの傑作である。ご存じの方も多いだろうけれど、ルイ・マル監督で映画化もされている。もう二十年近く前になるか、新宿の映画館で「ルイ・マル特集」みたいなプログラムで見て、あんまり面白いので三、四回通った記憶がある。ちなみに同時期にやっていた『死刑台のエレベーター』も『鬼火』も見ていない。お笑いに偏った、というか我ながら趣味の狭い人間である。まあ、映画の話はいいとして、クノー作品で文庫化されている本に『イカロスの飛行』(滝田文彦訳、ちくま文庫)というのもある。これまた楽しい愛すべき作品なのだが、これがけしからぬことに、というほど偉そうな口がきける立場ではないのだが、絶版である。ちくま文庫はすごく面白い本がいっぱいあるのだけど、異様に絶版率が高いと思うのは気のせい? いまやどこの文庫も同じようなものなんだろうか。そんなこともあって前述の「本屋さんにあるうちに」なんて殊勝みたいな言い訳もするようになるのである。なんだかだらだら書いているけれど、要するにクノーは「言語、文体の鬼」みたいにいわれることもあるけれど、翻訳された作品はとても面白い、少なくともオーバには、ということです。で、『青い花』である。これも昔に筑摩書房から出ていた本で、オーバの嗅覚では面白そうなんだけど、文庫化される気配もない。で、ついついネットで買ってしまいました、パソコン超原始人のワタクシが。訳者はやはり滝田文彦。この方についてはほとんど知るところがなかったのであるが、この本の「あとがき」によると、一九六九年当時は東大の先生を勤めていらっしゃったらしい。「東大紛争という歴史的な事件の間にこの難解な小説を心を静めて訳しました」みたいなことが書いてある。もしかして、戦時中にラブレーを粛々と訳していた渡辺一夫を意識してるところもあるんだろうか。で、興味津々、作品の最初を数ページ読んでみると……うーむ、面白い、面白すぎる、ような気がする。これこそは心技体が充実しているときに読み込むべき傑作である、と思い、とりあえず本棚のまだ何が入っているか比較的把握できている場所に押し込む。そんなことをしてまた未読書がふえてくわけなのね。でもこの本はしつこいけど、ちょっとは高かったのである。読んでないうちに文庫が出たりすると、ケッコー腹が立ちそうに思う。せこい話ですみません。
3月某日
 でもって、ラブレーである。一時期かなり凝りかかった。もちろん読んだのは渡辺一夫の渾身的超絶技巧的名訳とされる岩波文庫『ガルガンチュアとパンタグリュエル』シリーズである。素直に凝ったと書けないのは、この本がすごくムズカしくて、笑えるところは確かに抱腹絶倒なのだけれど、わからないところは全然わからなかったからである。そもそもラブレーというのはジョイスみたいな人で、いや時代はまったく逆なんだけど、書き言葉としてまだ確立すらされていないフランス語で、ジョイスの遠いご先祖様みたいな人が、ギリシャ語だのラテン語だのから勝手に造語もどんどんして物語を書いちゃいました。書いてみたら自分で思ってた以上に面白いので、どんどん続きも書いたんだけど、しまいには巨人の話だかなんだかわからなくなっちゃいました。おまけに凝り性なものだから、新しい版が出るたびに加筆とか増補もしちゃいました。「井伏鱒二か、お前は!?」とか突っ込まれるかもしれないけど、井伏は大半が削除と推敲だろうけど、俺は面白がってどんどん増やしちゃっただけだもんねー、ってなものである。このへん、主語があいまい。いちばん疑うべきは書き手のオツムである。とにかく熱中したことは確かで、「ラブレーを訳すのに一生かけちゃったみたいな先生って、どんな人なんだろう」と思って『渡辺一夫著作集』の揃えまで買っちゃったくらいである。探せばまだあるはずである。押入れのどこかに。ごめんなさい、センセイ。とにかく「異なる言語に訳すこと自体がパンタグリュエル的冒険」といわれる変てこさ無類の作品らしい。ところが昨年から、その新訳が出始めたのだ。宮下志朗先生によって「あの」ちくま文庫から。これは義理にも買わなくちゃ、と思って二冊目の『パンタグリュエル』を笹塚の紀伊国屋で購入。さっそくのぞいてみたのだが……うーん、渡辺訳との違いというか、新訳のありがたさが今ひとつわからない。渡辺訳では巻末に固まっていた訳注がページごとに入っているのは親切なんだけど、それも恩知らずにもうるさいような感じもしてしまうし。なにしろ子どものころ(大学生だったかな)に読んだのが渡辺訳だから、それにインプリンティングされてるだけかもしれないし。いずれ渡辺訳と比べて読んでみよう、なんてことはまずしないだろうから、フランスかぶれ野郎たる太田師匠にでもいつか教えてもらおう、と思いながら本棚の「なんとなく外国文学のコーナー」に押し込む。と、入れ替わりに落っこちてきたのがイタロ・カルヴィーノの『柔らかい月』(河出文庫)。これも長らく絶版で探してたのを河出書房新社が出してくれて、待ってましたと買ったんだけど、やっぱし未読。カルヴィーノも好きな作家のはずなんだけど、未読率はかなり高い。あのころの情熱はどこにイッタロー・カルヴィーノ、なんちゃって。死のう……。
3月某日
 昨晩は大失態であった。伊集院光先生の「魂のラジオ」たる「深夜の馬鹿力」、いつも正座してお聞きするところを、つい横になりながら聞くなどという罰当たりなしわざのせいで、開始十分ほどで寝てしまったのである。かなりの痛恨事なのであった。ホントに罰が当たったのか、整形外科のマッサージは、またもやホスト先生。イチローのことなど、少しお話しする。帰りに近所の本屋。スティーヴン・キングの新作らしい新潮文庫を見つける。これが超長編シリーズらしく、本屋に並んでるのだけで七、八冊。完結すると十何冊かになるらしい。とてもじゃないけどこれはもう読む体力がないだろうと思い、タイトルも覚えずに帰路につく。太田師匠はあまり好きじゃないと書いていらっしゃったけど、実は一時期、キングは貪るように読んだのである。『IT』くらいまでかな。ガツガツと徹夜して読んだあのころ、若かったのね、もうその若さは戻ってこないのね……。
しみじみとしたところでブログの原稿でも書こう、と思った挙句がこの駄文である。おまけに膝元でガサガサする謎の物体が……。面倒なのを我慢して引っ張り出すと、去年の暮れだかにビデオ屋で揃いで売ってたのを衝動買いした岡野玲子『陰陽師』全十三巻である。これももちろん未読。だって各巻で岡野先生が陰陽道の色々などについて解説してくださっているのだけれど、そもそもそれが全然理解できないんですもの。オーノー! こんなところにも未読本が居んみょーじ!? すみません。本当に死にます。改行もしてないことに今気がついたんですが、もう死ぬんだから知りません。これが最後の文章かと思うと、われながらはかない人生であったことよのう。ごめんくださいまし。

大場仁史

lundi, mars 06, 2006

竹野内くんと是州さん[Minoru Ota]

 ただいまお仕事中のトヨタ博物館「若者に愛されたデートカー展」では、図録や展示ボード(180cm四方と巨大だ)のイラストを高村是州さんに描いていただく。その図録や展示ボードでのファッション・アドバイザー、また、会場で寸劇をおこなうのだが、その俳優さんの衣装のスタイリストは、青柳光則さんが担当だ。いずれも現在も大活躍中の売れっ子にして、まさに80年代のHotDogPressを支えた仲間たちだ。
 是州さんも青柳さんもほんとうにオシャレで、打ち合わせで二人の間にいると、自分が情けなくなる。だってオレ、いまや全身、GAPだもん。しかも、腹が出続けてるのでジーンズしかはけません。オシャレな洋服、けっこう、もってますよ。でも、着られないんです。正確に言えば、入らないんです。入ったとしても、シャツなら下から2〜3番目のボタンがはじけちゃいそうになるんです。Oh, Boy……。
 青柳さんはあいかわらず「大人になったクマのプーさん」みたいにかわいいですし、是州さんは若々しくハンサムでした。是州さん、「ぜんぜん年を取らない人コンテスト」でグランプリをあげたいぞ。おそらく40代前半だと思うが、どう見たって20代だ!! 25歳のアシスタントさんとふたり並んでも兄弟にしか見えないもんね。
 その昔、80年代、HotDogPress全盛のころ、実は是州さんはモデルとしても誌面にたびたび登場したのであった。そして、その是州さんと共演するがごとくいつも登場していた高校生が、なんと、いまをときめくあの竹野内豊なのである。是州さんと竹野内くんの縁はこれだけではありません。
 一ノ瀬ひとみさんというライターがおりました。彼女が渋谷を歩いていたら(池袋だったかなあ……)、とびきり美しい男のコがいました。彼女は声を掛けて電話番号を聞き出しました。ナンパではありません。自分の担当しているページのモデルに使いたいと思ったのでした。その高校生こそ、竹野内くんだったのです。これがきっかけで、素人モデルとして竹野内くんは、僕や一ノ瀬さんのページの常連となったのでありました。そして是州さんの奥さんこそ、竹野内くんを見いだしたこの一ノ瀬さんなのであります。
 昨夏、日テレのドラマ『瑠璃の島』の本を作ることになり、緒形拳さんのインタビューに、沖縄は八重山諸島、ロケ地である鳩間島を訪ねた。このドラマには竹野内くんも出演していたので、もしや、と思っていたが、案の定、会ってしまった、竹野内くんに。
 彼は僕の顔を見て一瞬驚いた表情をして、「うわ〜、こんなところでお会いするとは!!」と喜んでくれた。怪訝な表情を浮かべた緒形拳さんに竹野内くんは、「デビュー前にものすごくお世話になった人なんです」と僕を紹介。緒形さん、「?? 竹野内くん、きみ、役者になる前は何をしてたの?」。竹野内くん、「恥ずかしながら、モデルをしてました……」。
 竹野内くんの名誉のために言っておくと、彼は高校を卒業後、日本で一二を争う名門モデルクラブに所属し、ファッション誌を中心に大活躍をしたのである。
 その竹野内くんが僕に聞いたのだ、「一ノ瀬さんは、お元気ですか?」と。僕は答えた、「一ノ瀬さんは高村是州さんと結婚して、子どももいて、仕事もしているよ」と。すると、竹野内くんが言った、「ああ、高村是州さんですか、覚えてますよ〜!!」。
 よかったね、是州さん!!
 竹野内くんはとっても素直でマジメで純粋な男のコだった。おそらく、その彼の本質はいまも変わらないと思う。
 是州さんもまた「素直でマジメで純粋」であり、青柳さんも「素直でマジメで純粋」だ。是州さんの奥さんもまた「素直でマジメで純粋」だ。
 フリーランスの仕事は不安定で保証もなく、半失業者みたいなもんだ。それでも、僕がフリーランスでいるのは、自分の意志で「素直でマジメで純粋」な人とともに仕事ができるからなのだ。
 というわけで、いつか、是州さんと竹野内くんのモデルでファッショページをつくりたいと夢想する太田なのである。
 あ、で、是州さん、このブログを読んでいたら、あのう、mixiへの招待状、まだ届いてないんですけど。すんません、よろしくお願いします。

太田穣

samedi, mars 04, 2006

デトックスのすすめ・イルカ編 [Miyuki Shoji]

 さて、妹も書いているように、ウチの者は名鍼灸師である。っていうか、鍼は名人だが、実技がいいのであって言葉での説明は不得手。さらに、鍼以外に上手なことはと見渡しても生活全般を通じてほぼ全滅という、典型的な職人系である。趣味は鍼、好きなものは鍼、仕事も鍼というストレスフリーな動作環境なうえ、半分寝ているときもグデングデンに酔っているときも、鍼を打ちこむ指先だけはブレないのには驚かされる(患者さんは怯えるけど……無理もないと思うよ、やめようね治療中の飲酒は)。見かけも鍼師で仕掛人、藤枝梅安の劇画バージョンにちょっとだけ似ているから笑える。あんなにカッコよくないけど。
 ともあれ、からだのちょっとしたズレやコリの塊が全身に影響したり、精神的落ち込みの原因になることはままある。特に、少しずつ降り積もっていく疲れはなかなか気づきにくいもの。それに男性は、他人か医者にハッキリ指摘されるまで、体調のシグナルを無視し続ける人が多いそうだ。オーバさんオータさん、どうかくれぐれもご自愛ください。

 話変わってつい先日、千葉県の九十九里浜に、イルカが群れをなして次々と打ち上げられるという事件があった。約70頭というから、ふだん100頭程度で移動するというほぼ1グループなのかもしれない。地元のサーファーたちが救助にあたったが、50数頭は死んでしまったらしい。
 たまにあるこういう話、何が原因だと思いますか? アンチエイジングの本を作っている最中のせいもあり、私は即座に「水銀が蓄積して、感覚がおかしくなったんじゃないか」と思った。
 身近にある金属で雨水にも海水に含まれる水銀は、水中のバクテリアによって有害なメチル水銀へと変化して海の食物連鎖に組みこまれ、連鎖のトップに君臨する大型魚ほど蓄積量が多くなっている。具体的には、マグロやメカジキ、イルカ、鯨など。
 神経毒性が顕著で、頭痛、難聴、不眠、食欲不振、鬱症状、アトピーやアレルギー疾患を引き起こすほか、代謝を低下させることで肥満の原因にもなる水銀。自閉症やADHD(注意欠陥多動性障害)の子どもを調べても必ずといっていいほど溜まっていることがわかっていて、密接な関与が疑われているオソロシイ物質なのだ。
 そんなイルカが神経をやられて方向感覚を失い、海岸めざして爆泳したのかもしれない、と思ったわけだ。
 今回、国立科学博物館動物研究部が遺体を解剖して、DNAや蓄積したダイオキシン、水銀等も調べると言っているが、その情報が私たちに届くかどうか。何しろ、水銀毒の高い魚を知りたいと思って政府機関のHPを調べると結構笑える状況なのだ。
 マグロ、タイ、アジ、タコ、イカなどごく普通に食べている魚がたくさんリストアップされているのはいいとして、実際にはかなりの魚について「未検出」だったり、その根拠が「検体数1」だったりして、「はぁ?」と呆れること間違いなし。学術論文なら絶対に捏造と言われるレベルである。
 日本は漁業大国だから利害関係があるのはわかるけど、そのせいで情報をうやむやにしているとしか思えない。あまりに世界で危険性が有名になってきたから一応は「妊婦はマグロは週1~2回まで」などの発表だけはしたけれど、これは、いくらキケンでも日本人がマグロを食べるのをやめるわけがないから公表しただけであって、実際には国民の健康なんかどうでもいいのね、ってこと。魚食いの日本人は、私もあなたもすでに水銀蓄積量はレッドゾーンに突入している。あと10年20年、水銀魚を食べつづけるとどうなるのか、イルカの一件を見ても想像がつく。だって、海の食物連鎖のトップにいるマグロやイルカのさらに上が人間ですよ。自慢じゃないけど、毒の蓄積量じゃあ地球一、ということではないか。
 水銀があまり溜まっていない安全な魚はまずサーモン。カレイ、ヒラメ、スケトウダラなどの数値も低い。10年後も灰色の脳細胞と健康を保って人生をエンジョイするために、大型魚は避けてサーモンを食べ、せめて半身浴でデトックスして、ウンチもどんどん出しましょう。このまえ築地でつい注文したランチ特上セットの中トロは、逡巡のあげく口に入れてしまい、とろける甘さに酔ったけれど、うん、旨いものはたまには食べよう。毒だけ出してしまえばいいのです。イルカさんたちも、何と言っていいかわからないけど、とにかくあきらめずにがんばってほしい。

庄司みゆき

mercredi, mars 01, 2006

オケツの話[Izumi Shoji]

 個人的な趣味だが、荒川静香の顔、私は好み。私の好きな女の顔の典型だ。クールビューティというか、キツイ顔、男顔の女性が好き。アイソがない、笑っても冷めた印象を与えるくらいのそっけない顔が好みだ。L編集部のKさん、その男前なルックスも性格もタイプです! 外見とキャラ、交代してほしい。キリッとした目に憧れてアイラインひいてみたりするのだが、私がやるとどうも暑苦しくていけません。

 そんなことはいいのだけれど、オーバさんが元気がないのはよくないですね。ブログ読んで、「そういえば私も最近うつっぽい」と口走ったら、夫と娘に鼻で笑われた。「あり得ない! ゴキゲンな鬱もあったもんだ」だって。ハイそうです。今日の私のプチうつなんて、雨が降ってるから、くらいのレベル。
 でも、数年前は、私もヤバかった。なにをしても楽しくないし、未来に夢も希望もない。仕事はこなしてたが家ではニコリとも笑わない。そんな時期が1年、いやいや2、3年は続いたかも。今思うと何だったんだろう。若年性更年期障害? 厄年とか? 占星術的には早く訪れた中年の危機、だったらしいが。まあ、あれやこれやでいっとき、心が停滞しまくっていたことがあった。そんな状態を脱し、本来の自分に戻れたキッカケはというと....。私の場合、意外かもしれないが、ハリ治療だ。
 これ書くと、私の痩せぎすも肩こりも、自分の足ダルや目の疲れも、もちろんオーバさんの腰痛も。果ては飼ってる文鳥の老化現象まで「運動不足! 筋肉がないから」と言い切る、“マッスル至上主義”の夫に笑われそうでいやなんだけど。「東洋医学オタク」とかなんとか、ね。でもホントなのだ。ハリで鬱が良くなったのだ。
 書いていいかな。姉、庄司みゆきのパートナーは名鍼灸師。しかも今では珍しい瀉血治療をおこなっている。ご存じですか? 鍼で皮膚に傷をつけ、カッピング器具で悪い血、いわゆるオケツ(すみません、字がでません)を吸引する治療法だ。健康マニアの人気ヘアメイクの方に、「私の美肌と元気の秘密は瀉血です」と数年前聞き、気になっていた。だが姉の夫の治療院はやたら遠く、トライできずにいたのだった。
 それが1年くらい前、打撲で肋骨が痛んだ時があって。とうとう治療をお願いすることとなった。驚きました。ギョエーッと叫ぶほど大量の、しかもドロドロの血が出るではないか。悪いところにたまってるオケツしか取れないらしい。実際、なんでもないところからは全然出ないし、同じ場所でも良くなると途端に出なくなる。姉の夫いわく、肩甲骨の内側あたりにある神経のツボが、私のネックのようだ。
 効果はすぐ出た。肋骨の痛みは即解消。ガンコな肩こりも数回で軽減。しかも.....! 4,5回目くらいの頃か。鬱っぽく、子供に微笑む余裕すらなかった私が。甘ーいココアをいれ、外で友達と遊んでる我が子にニッコリと差し出したのだから驚きだ。娘もビビっていたが、この母親らしい行動は自分でも意外だった。
 この頃を境に趣味を楽しむ余裕も出た。いつもぼんやりした感じだったのが集中力も戻った。人と話すの好き、酔って調子に乗るのも好きな脳天気な自分も戻った、と思う。肩甲骨あたりにスイッチがあったとしか思えない。つるさん、あなたは恩人です!
 しかし、なぜ鍼で鬱まで治ったのか? 血行が滞ってると、脳にも行き渡らないだろうし。そのせいもあるのかも。今度聞いてみよう。

 とはいえ、誰もが瀉血治療できるわけはない。なので、もっと手軽なメソッドを紹介しよう。私が尊敬するアロマの魔術師、宮川明子さんから教えてもらった方法だ。
 宮川理論では、手首は精神状態や頭の働きと深くかかわるらしい。「手首が硬いと鬱になるし、女性はフケる!」のだそうだ。そこで対策。手首を振るのだ。ひたすらブラブラ、少なくとも数分続けよう。するとある瞬間頭がポカンとからっぽになる。さらに続けると、突然ぱーっと幸せな気分になってくる。脳内麻薬状態だ。
 宮川さんは整体師だから、「手首も骨盤も頭蓋骨も、骨格はすべて連動するから、どこかが緩めば頭蓋骨も緩む」などの理論もあるだろう。だが、単純に考えても末端まで血液が巡りだすと、全身の血行がスムーズになる。すると肩こりや首のコリもラクになる。脳にも酸素が行き渡るから、気分がリラックスしても当然だ。
 これ、マジで即効性があります。今鬱っぽい方はもちろん、ちょっと落ち込んだ時、仕事で頭がパツパツになった時などにもぜひぜひ。ホントに効くから、だまされたと思ってお試しを!

庄司いずみ